2009年11月15日日曜日

歴史を見つめる


ハーバード大学のニーアル・ファーガソン教授はたしかに今米国で脚光を浴びている経済学者だ。ファーガソン教授はノーベル経済学賞の大物であるプリンストン大学のクルーグマン教授とは思想的には対極にいて、両者間の派手な論争で一躍有名になってきた。スコットランド生まれの英国人だけあって、常に歴史を見つめ直す姿勢には説得力がある。本来の専門である金融論では、どう見ても、教授の主張する米国債の大量発行は長期金利の上昇とドルの基軸通貨としての価値を落とす事はやはり間違いないのではないかと思える。中国は人民元での競争力を維持する為とは言え、みすみす価値の落ちるであろうドル建ての米国債はそういつまでも買い続けないであろう。結局は FRBが輪転機を回すしかなくなるのではないのかと素人の我々には思えてくる。

さてそのファーガソン教授が Newsweek誌に歴史を見つめる記事を書いている。ちょうど20年前は日本では平成天皇の即位だが、ドイツではベルリンの壁崩壊が重なった時であった。教授の見方では、この冷戦終結を象徴する米国にとって喜ばしい出来事は、その更に10年前の 1979年の四つの出来事と比べれば、取るに足らないものだと言うわけだ。その四つの出来事とは、(1) ソ連のアフガン侵攻、(2) 英国のサッチャー政権 (3) イランのホメイニ革命 (4) 鄧小平の米国訪問、である。これら四つの出来事が現在の米国の抱える重要問題に直接、間接に係わっている。即ち、当時のソ連に変わり、今は米国がアフガンに関与し、サッチャー・レーガンの新自由主義の結果の経済危機があり、イランには核開発計画の問題があり、中国とは深い「負の経済的依存関係」があるというのだ。現在、米国が抱えているそういう深刻な問題の30年前の根源を見れば、20年前の冷戦終結を祝ってばかりはいられないという事だろう。歴史学が専門でもある同教授による紛争を起こす三大要件とは、(1)不安定な経済、(2) 民族対立、(3) 帝国(覇権国)の衰退、だ。アフガン戦争、経済危機、イラン核開発、中国の台頭、現在のこれら重要問題のいずれもがこの三要件に的中していて、更にそれらの不安定要素が拡大の一途である。

同時に同教授のロシアに対する見方もすこぶる厳しい。今やガスプロムを通じて欧州向け天然ガス供給を完全に操るまでとなり、更にシベリア地区での天然ガス供給を通じて中国への影響力をも深めようとする現在のロシアの政権こそがマルクス・レーニンの指摘した「国家独占資本主義」であると皮肉たっぷりである。資源・エネルギー問題の再燃はイラン、イスラエル、アフガン、イラク、と中東の火薬庫に火をつけかねず、エネルギー価格の高騰がますますロシアに利点をもたらすであろうとしている。同様に中国についても、米国とはたしかに「消費の米国と貯蓄の中国」という相互依存関係ではあるが、中国側は19、20世紀と他国に支配された歴史を持ち、若い世代はその「払い戻し」を求めて、新たな自信を持って独断に走る様になるとの意見である。おそらく壁の向こうのソ連や共産中国というものは確かに冷戦終結で無くなったが、それはまた本来のロシアや中国の持つ国家主導型、国家主義的資本主義という新たな国際的自由主義経済社会への脅威にもつながる体制である(ひいては経済の不安定が紛争につながる)事を警告している。

昨日のオバマ大統領の東京でのアジア政策に関する演説を聞いてみると、繰返し日本との同盟関係がアジア政策の礎であるとは述べていても、それ以上のものは特段何も日本に期待していない様にも聞こえる。一方、中国に関しては、いかにオバマ大統領が日本の立場に配慮する控え目な発言をしようが、今回のアジア歴訪の旅では全体の日程の半分である 4日間をも中国滞在に予定している事でその重要視の姿勢は明らかである。国際協調路線に転換したオバマ政権としては、中国に対しては経済的に「あまりにも過度に依存しすぎている事」のみならず、アフガン戦争も、経済危機も、イランの核開発も、気候変動・環境問題も、北朝鮮問題も、何から何まで今や中国の協力なしには何事もなし得ない。歴史を振り返れば、覇権国というのは全盛時代であろうが、衰退過程であろうが、すこぶる身勝手で、ご都合主義で、二枚舌でも三枚舌でも使い分けるものだ。これを常に念頭において置かねば、演説の冒頭での「抹茶アイスクリーム」の一言で新政権が魔法にかかった様に思考停止となって、オバマ大統領の演説の裏に潜むものを読み取る努力を怠ってしまうのでは困るのである。

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