2011年4月28日木曜日

あらためてドイツとは

今まで数回にわたり教科書のごとくドイツの歴史を駆け足で触れて来たのは国会での馬鹿げた「日独友好決議」なるものがあったのが発端だ。この決議の根底には、ドイツと言う国は軍事国家一筋であり、好戦的で周辺国に侵略ばかりを続けて来たという誤った解釈があるからに違いないと感じ取ったからだ。今回、衆議院での決議の際に退席し、反対した議員の見識を高く評価する。

「勢力均衡による平和」「列強時代に学ぶ」「神聖ローマ帝国」と一貫して触れてきているのは、ドイツの歴史は陸続きの欧州で周辺にフランス、イギリス、ドイツという絶対王政、専制君主の中央集権国家に囲まれて、それらの国々と食うや食わずの生残り競争を続けて来たという背景がある事をまず理解すべきだと思うからだ。そもそもドイツは神聖ローマ帝国の様に皇帝自体が勅書でもって選挙で選ばれると規定された様な存在であったから、地方分権のまことに緩やかな牧歌的な統治形態であったかと言えよう。

侵略という言葉を使うなら、その度数と面積を計算すれば、世界での侵略チャンピオンはイギリスとフランスであろう。それでは日英友好決議なるものがあれば、わざわざ「お互い中国に侵略しました」などと書き込むのであろうか。ドイツは欧州諸国の中で海外での植民地は圧倒的に少ないではないか。

ナチス政権によるポーランド侵攻をとっても、プロイセンとその後のドイツ帝国が戦勝の結果正当に獲得した領土を第一次大戦の敗戦で失い、それをまた取り返しただけの話である。それを単に侵略という言葉で片付けてしまうと、それ以前の歴史を黙殺してしまう事となる。また同時に、英国を除く欧州諸国は日本と違って陸続きである。従って、常に他国に侵略されるか、あるいは侵略するかの繰返しでもあったのだ。

現在フランス南東部のアルザス地方などは何回ドイツ領とフランス領の間をいったりきたり繰り返した事か。つまりは侵略しないと侵略されてしまうというのが現実であったのだ。ドイツとてやたら周辺諸国と戦争ばかりしていたのではなく、戦争を極力避けるべく、あらゆる「外交努力と策略と同盟」をやり尽くしたという事実を忘れてはならない。

ただ一点の大きな汚点はヒトラーのナチス政権でのユダヤ人大量虐殺である。これはもう言い訳のきかない、原爆投下に等しいまさに人類に対する罪であろう。しかし、このナチス政権の非道だけをとってドイツと言う国があたかも好戦的な歴史を繰り返して来たと理解するのは誤りだ。そう理解するのは作られた「軍国日本」のイメージと同様に、戦勝国米国による巧みな「イメージの刷り込み」が功を奏している結果なのだろう。

米国による巧みなイメージの刷り込みという面では、米国に永住している日本人の多くにとって、欧州諸国を見る時の目は米国人の目を通して見たものに影響され易い。しかも悪い事にそういう米国在住の日本人が日本から見れば国際通だという事で通用してしまう事だ。これを例えて言えば、東京の高級フランス料理店で米国在住の国際通の紳士がさも物知り顔でクラムチャウダーをオーダーする様なものだ。また、日本人が欧州にやってきて、あの米国風の発音の英語をさも得意顔で喋るのほど欧州人の軽蔑の対象となるものはない。ドイツ人の同僚達は一応、慇懃に表面上は取り繕っていても、裏に回ればいつもブフッ!だ。

話が随分それてしまったが、ドイツに関してはなかなか言い尽くせないので、あらためてクライン孝子女史の名著「大計なき国家・日本の末路」を是非お薦めする。見出しに書かれている、「戦争で負けて失ったものは、戦争で取り返すしかない」という現実を熟知していたドイツ、この一行が全てを語っている。

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