2011年4月2日土曜日

ポーランドという国

ポーランドは豊かな歴史と文化を持つ国だ。ポーランド人はドイツ人やロシア人とは違い、どちらかと言えば繊細で柔らかな感じがする。外見上の容姿はフランス的だと言われるがフランス人に似ている様で似ていない。それはおそらくこの国が大国フランスとは違って周辺諸国との軋轢で、もまれにもまれた歴史があるからだろう。地理的に東のロシア、西のプロイセン(ドイツ)、南のオーストリアに囲まれていた事から、近代では露普墺の列強三国に国を三分割され統治されていた歴史を持つ。

ポーランドと言えば、ショパン、キューリー夫人、それにワレサ氏だ。昨年はショパン生誕200周年という事で日本国内のあちこちでもショパン曲のピアノコンサートが開かれた。しかし現在では何と言ってもノーベル平和賞受賞者のワレサ氏が有名だ。ポーランド人に「ワレサ氏は元気にしているかい」と聞いても全く何も通じない。本当は「ヴァウェンサ」というのが原語では正しいからだ。ワレサ氏はあの有名な1989年の円卓会議での共産党政府と反体制勢力の話合いによって、ポーランドの民主化を達成した自主労組「連帯」の、その指導者としての偉業を成し遂げた人物である。このポーランドでの無血平和的な民主化の動きが後の東欧全体の民主化の先駆となったのは記憶に新しい。平均的ポーランド人は今でもこのワレサ氏を大変誇りに思っている。それはこのワレサ氏があれだけの偉業を成し遂げたにも拘わらず、今でも全く昔の技術者、労働者としての庶民の生活ぶりを守っているところにある。

米国ではポーランド系といえば、シカゴである。ポーランド人の人口が一番多い都市はワルシャワだが、二番目はシカゴといわれるほど(およそ 2百万人と言われる)ポーランド系移民が多い。米国でもカミンスキー、シマンスキー、コズロフスキーという名前の人達とは度々遭遇する。因みに日本人でも山崎、岡崎など苗字の最後が ki で終わる人は、ことさらポーランド人やポーランド系には親近感をもたれる様だ。米国の西海岸では最近では音楽、バレー、ダンスといった芸術分野で活躍する若手のポーランド人の移住者が増えて来ている様で、彼らの小ぶりの体型や繊細さから日本人との相性が極めて良い様だ。

世界の美人国比べというのが国際派ビジネスマンの間での酒席の話題に良く上るが、この面でダントツは実はポーランドである。二番目、三番目もないくらいという美人揃いだ。しかも小柄で控え目で優雅で優しいという何か日本女性とも共通する部分がある。あの厳しい冷戦体制化に於いてもドイツからは特段重要な商談が無くとも何とか話をこじつけてポーランドに出張を繰り返していた鼻の下の長いオジサン達の話は今でも語り草だ。

ドイツ側から見れば、ドイツ騎士団の入植やプロイセンの領土拡張などの歴史的関係からポーランドとの関係は深い。冷戦体制下の西独には旧ドイツ領のシュレジア地方から逃れて来た人達が多く働いていたが、彼らに「ポーランド人か」と言うのは禁句で、「私はドイツ人だ」という意識が強い。事実、彼らには帰る祖国がないと言う事もあって、社内でもドイツ人以上に実に勤勉に働いてくれたのが印象的だ。

あらためてあのワレサ氏の円卓会議による「平和的民主化への移行」を思い返せば、今でもアラブ諸国等世界中で繰り返される政変や内乱での悲惨な悲劇というものはその国の人達が持つ文化レベルとは無縁とは言えない様にも思えてくる。果たしてお隣の超大国において将来仮に民主化運動が高まるような事があれば、ワレサ氏の様な人物が出て来るのであろうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿