在米の政治・経済評論家、伊藤貫氏が日下公人氏との共著で「「自主防衛を急げ!」という本を最近出版した。実はまだ読んでいないので詳しい内容は知らないままであるが、国民の核アレルギーが極限にまで高まろうとしているこの時期にこそ、敢えて正面から「自主防衛」や「核保有」について改めて議論を深めるという事は意義ある事だと思う。今回の福島原発事故の対応で明らかとなった様に結局は核保有国の米国やフランスが核兵器テロや原発事故に対する備えや訓練では日本では比較にならないほど数段進んでいたという事である。また日本人がこういう安保・軍事というものに対するアレルギーを持つにより、直面する課題に正面から向き合おうとしなかった事が、政府の後手後手に回る対応結果となり、人災を招いたという事だろう。
伊藤貫氏の説明を聞くと、同氏が取り上げている点で客観的事実として注目すべきは、「米国の財政赤字悪化がもたらす東アジアでの軍事力不均衡」の危険性である。詳しくこの背景を補足説明すれば以下の通りとなる。
1. 米国の年間財政赤字は過去最大の GDP比10%にも達していて破綻寸前
2. 米国の歳出で医療費、社会保障費、国防費だけで全体の 3/4を占めている
3. メディケア受給資格者はベビーブーマー高齢化で 50百万が78百万人になる
(メディケアとは高齢者障害者向け公的医療保険で医療費が最大項目)
4. メディアケアの医療費と年金の社会保障費は「義務的支出」で削減不可能
5. 従い、米国は「裁量的支出」の中の最大項目の国防費を削らざる得なくなる
6. 米国の経常収支赤字と国債引受の両面から最大の相手国が中国である
7. 米国は東アジアでの国防費を削減し、軍事的プレゼンスを後退させる事に
8. 中国は経済成長を背景に政権が国内締付けを強化し民主化は進展しない
9. 中国は軍事費拡張のテンポを更に加速化させて東アジアの覇権を確実に
10. 東アジアでの軍事力の均衡状態が一気に崩れて軍事的緊張が高まる
なお、上記の2,4,6,8,は当方で勝手に追加説明を加えたものである。 (詳細に付いては、4/14付け「米国の財政赤字」をご参照下さい)
伊藤氏はまた現在の日本外交に関する主張の違いは次の四つのグループに分類されると指摘している。 1. 護憲左翼 2. 親米保守 3. 真正保守 に加えて、4. リアリスト派があり、自分は4であると解説している。この中で戦後日本の歴史で米国隷属をしてきたのは、米国の押し付けた憲法9条を守っていれば良いとする1の護憲左翼と、世界の政治・経済の覇権国家である米国に追随していれば良いとする 2の親米保守であるとしている。
また、過去の世界の歴史を振り返れば判るとおり、これら1. と 2の勢力はコラボレーショニスト(collaborationist、占領軍に協力する属国主義者)だと言うわけだ。これはまた今後間違いなく起きてくる中国の東アジア覇権の動きの中ではまたぞろ、国内で中国の露骨な内政への影響力に迎合するコラボレーショニストを生み出すであろう事を示唆している。
一方、リアリスト派の例として判りやすいのは、2003年のイラク戦争の際に米国内で開戦に反対した、スコウクロフト(父ブッシュ政権補佐官)、ブレジンスキー(カーター政権補佐官)、ハンティントン(学者)、ミアシャイマー(学者)といった人達がリアリスト派であった事だ。彼らはイデオロギーからのハト派としての立場で反対したのではなくて、「中東に民主主義をもたらす」等という誤った判断のもとでの「米国の深入りしすぎる介入」が中東の勢力均衡バランスを崩すから反対したのだという説明である。
我々も海外にいて米国や西欧諸国の動きを見て常に痛感する事は、外交安保の課題は単純なイデオロギーや感情論では解決できない、いや誤った結果しか生み出さないものであって、国家が平和に生き延びる為には現実に向きい、勢力均衡を保つリアリズムの立場を取るしかないという事だ。
この伊藤氏と日下氏の共著の中ではこれ以外に新たな視点から見た様々な意見が書かれているようであるが、それらについては正直なところ評価は分かれるだろう。しかし、少なくとも近い将来東アジアでの軍事力均衡が崩れて日本の独立性が危ぶまれる事と、そうした国際政治の動きに対して日本はリアリスト派の立場に立って正しい選択の道を歩むべきであると言う点については説得力があるものだ。
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