ドイツ語で die Ratten verlassen das sinkende Schiff. という表現がある。これをそのまま英語にすると判りやすいが、the rats are leaving the sinking ship、鼠は沈没しそうな船から逃げる、という意味だ。鼠、つまりその船の主役の船長や船員や客や貨物ではない、いわば寄生の存在のものがいち早く危険を察知して一番に船から逃げ出すという事を表しており、鼠はこの場合は「無責任で臆病な小者」というnegativeな意味合いを持つ。
さて、今回の震災ではドイツ、フランスと欧州各国の大使館や学校では日本にチャーター機を飛ばして自国民を本国に退避させるという措置を早々にとっている。昨今の企業や政府組織では国際的なcrisis managementの重要度が極めて高い中、組織としては当然の措置であろう。また逆にこれが海外における緊急事態であれば、日本企業は素早く同様の措置をとるというのは 9.11テロの時でもしかりである。
しかし、問題はそういった緊急避難措置を取る場合、その組織の責任者はいかに振舞うべきかである。ここに1990年代はじめの湾岸戦争における一例がある。日本企業が中東諸国の原油確保の為に現地側産油国での近代化を進めようと様々なインフラ整備や工場建設を請け負い、また現地組織を運営・管理しているというケースが多い。しかし湾岸戦争時にはそこにイラクのフセイン政権によるスカッドミサイルが繰り返し飛来してくる様な戦争状態となったのだ。そうなれば生命に危険が及ぶ非常事態であり、現地採用社員は勿論日本人派遣社員も緊急退避をわれ先にと行うのは言うまでもない。事実、イラクから飛来のスカッドミサイルはサウディアラビア東部に達して、多数の死傷者が出ている。
そうした中で現地合弁会社の経営責任者として派遣されていた私の友人は現地採用社員、日本人社員、欧米系コントラクター社員のほぼ全員が隣国や欧州に避難する中を数名のサウディ人経営陣とともに、外国人としてはただ一人現地に残ったのである。この男は平時に於いてはどちらかと言えば目立たず、シャープさのない、風貌も地味な男であったが危機に際してはその本領を発揮した。結果、戦争終結後、勇敢な男を称えるという気質のサウディ人の日本人に対する評価を一気に高める事となった。
そして東京本社はこの男の経営責任者としての姿勢と功績を高く評価して、帰任後特例での昇進を決めた。その数年後、彼は今度は北米の投資先の経営者として赴任してきたのであるが、同時に胃がんを患い、久しぶりで再会した時はまるで別人の様にやせ細り、足元もおぼつかないほどの衰弱振りであった。しかし、本来の酒好き、タバコ好きは変わらず、周囲が色々忠告しても、「どうせ死ぬときは死ぬんだ」というのが彼の口癖であった。何か普段は絶対に見せない「胆力」の様なものをこの男は生まれつき持ち合わせているのであろう。
振り返って、日本の侍精神、武士道ではこういった「人の上に立つものの心構え」というものを文化の一つとして伝えてきている。戦艦の艦長は撃沈される時は最後まで船に残り船と運命を共にする、というのが軍人として当たり前の話とされるが、サラリーマンと言われる組織ビジネスマンの DNAにも色濃く残っているものである。
今回、福島原発の現場で生命の危険を顧みず、自らが志願して作業にあたっている自衛隊員が数十名いる。また東電社員の中にも志願して現場に赴いている社員もいると聞く。また全般的にこれだけ欧米メディアが放射能危機を騒ぐ中、東京圏では停電や交通機関の問題はありながらも大挙して東京から早々と逃げ出すという事態が起こっておらず、まさに危機に際する resilianceである。本日も知合いのイスラエル系米国人から電話があり、「これだけの放射能危機が叫ばれているなら、日本から親戚が逃げて来るのだろう?その場合はウチの部屋を使っても良いよ」との有難い申し出でもあった。神様はきっとこれだけの日本人、日本国を必ずや救われる、と堅く信じよう。
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