映画評論家奥山氏の予想通り、今年のアカデミー賞作品賞はThe King’s Speechが獲得した。この映画は作品賞のみならず監督賞、主演男優賞、脚本賞の4分野でアカデミー賞を獲得したという事で早速映画館に見に出かけてみた。夕方5時ごろから始まる時間に飛び込んだのであるが、さぞや大人気で多少混雑との予想に反していつもの様に全くのガラガラ。約 500の客席に対し、観客はたったの5人だけであり、この映画に限らず最早米国では映画は映画館で見るものではなく、自宅で見るものであるのに変わってしまっている様である(米国では新着映画は封切りから短期間で DVD化されたりテレビ放映される為)。
映画そのものは英国とオーストラリアの会社により英国人の監督が英国人とオーストラリア人の俳優を使って作ったものであり、ハリウッド映画ではない。喋る英語は本来英国の王族、貴族や上流階級が喋る英国的な抑揚のあるものではなく、米国人やアメリカ英語に慣れてしまっている我々が聞いても自然なものである。国王になる人が吃音矯正の為にFXXXを連発したり、SXXXを連発するくらいで思わず笑ってしまうので、あくまでも娯楽作品として見るのが良いだろう。
この映画で言語聴覚士役のジェフリー・ラッシュは、今回助演男優賞は逃したもののアカデミー賞受賞経験のある個性的な名優、怪優である。10年ほど前に Quillsという映画で発狂したサド侯爵役を演じていたが、まさにこの俳優の面構えと目つきでこそ演じられるハマリ役であった。最近はハリウッド映画のパイレーツオブカリビアンにバルバロッサ役で繰返し出ているが、悪者の役柄があまりにも単純でもったいないほどだ。どういうわけかハリウッド映画にはこういう一味もふた味も深みのある顔の俳優があまり見当たらない。
さて映画評論の方は既に色々な方が述べておられるので触れないが、この映画の終わりの方で吃音の英国王の演説との対比で敵国ドイツのヒトラーの演説姿が実際の録画版で出て来る。有名な 1933年2月に前年の選挙結果に基づき首相に就任した時の演説だ。この演説の趣旨は「他国に頼ってはいけない、あくまでも自助努力によって(第一次大戦の敗戦からの)ドイツを復興させねばならない」というものである。更に「ドイツ国民自身での労働、勤勉、決然、不屈さ、頑強さによってこのドイツを再び繁栄させるのだ」というくだりである。
ドイツ語では In uns selbst allein liegt die Zukunft des Deutschen Volkes wenn wir selbst, diesem Deutsche Volk vorfuehren, durch eigene Arbeit, eigenen Fleiss, eigene Entschlossenheit, eigenen Trotz, eigene Beharrlichkeit, dann werden wir wieder emporsteigen……. となる部分であるが、映画ではこの部分を使っている。
この eigene (アイゲネ、「自ら自身の」と言う意味)という力強い響きの言葉を繰返し使う事で聴衆の感情を音感で酔わせる見事な演説テクニックであると言われている。実はこの eigene こそが、バラマキマニュフェストにはない、今の日本に真に求められる「自助、自律、自立」につながる考えである。何分世紀の大悪人ヒトラーの演説であるので、世間様から誤解されぬ様取り扱い注意ではあるが、選挙で選ばれた一政治家の演説として、その時代背景を思い起こしながら聴くと興味深いものである。
2011年2月28日月曜日
2011年2月27日日曜日
バラマキ 4K
「子供手当て、高速道路料金無料化、高校授業料無料化、戸別所得補償」、なるほどこれらは民主党政権のバラマキマニュフェストを象徴する4Kだ。現在国会で熟議されていると言われる政府予算案の中で民主党のマニュフェストの根幹をなすと言われているこの4Kをまず見直す事を自民党はじめとする野党は政府与党に求めている。自民党時代の国家予算を更に上回る額の予算案と公債の発行高になっているのはこういったバラマキマニュフェストによるところが多いのであろう。バラマキマニュフェストに騙されて民主党に投票し、政権交代と喜んで騒いだ結果がこういう事だ。
このバラマキという事は見方を変えれば、国民の側からすれば自らが限られた収入の中でお金のやり繰りや節約等で自己管理と自己抑制をしなくとも、公共サービス的なものは常にタダだと言う考えや収入の一部は努力しなくとも必ず保証されるという考えにつながっていく筈だ。一時英国の手厚い社会保障制度を表す言葉の「ゆりかごから墓場まで」の考えだ。しかし、こういう政策の結果は明らかである事を何よりも知っているのは海外に出て行く機会の多いビジネスマンだろう。あの誇り高い大英帝国の現在の姿が惨憺たるものである事を自らの目で見ているからである。
一体今の英国にどれだけ国際的に誇れる産業が残っているのであろうか。自動車も電気・電子製品も OA機器も英国企業はなにも残っていない。産業界でドイツ人や米国人との比較において、英国人がどれだけ「真面目に勤勉に正直に誠実に働いている」という評価があるのであろうか。この国の人々の心のゆとり、豊かな田園風景、落ち着いた生活ぶり、などなどは最早神話に過ぎない。現実は薄汚れた都会、あふれる若年失業者、高まる犯罪発生率、無秩序に増える外人労働者、どれもこれも英国人が一生懸命働かなくなった結果であろう。
最近、日本では遺産相続に関し兄弟姉妹間で骨肉の争いとなっているという話を良く耳にし、また新聞等でも頻繁に報じられている。特にこの揉め事は相続遺産の大きい富裕層、お金持ちの家で起こるらしい。最近の統計では相続税を納める(つまり現在のところの基礎控除額の5千万円 + 相続人X 1千万円、以上)の割合はわずか 4%らしい。そういう恵まれたお金持ちの家なら普通は子供たちも生活に困る様なこともなく、兄弟姉妹でおおらかな気持ちで遺産を分け合うかあるいは寄付でもするかという事になるのか、と言えば全く逆である。そこは血みどろの貪欲な争いが発生し弁護士の登場となって裁判に至るのである。この現象についてある識者と話した時に、彼は「結局人間はタダでもらうというものに対しては極めて卑しく貪欲になるという事だ」と述べていた。
まさにそれが真であろう。国家が何から何までタダで国民の面倒を見るという「一見豊かな体制」は人間を心豊かにし、おおらかにし、謙虚にするかと言えば全く逆であり、心卑しく惰性にするだけという事が英国の例を見ても明らかだ。
このバラマキという事は見方を変えれば、国民の側からすれば自らが限られた収入の中でお金のやり繰りや節約等で自己管理と自己抑制をしなくとも、公共サービス的なものは常にタダだと言う考えや収入の一部は努力しなくとも必ず保証されるという考えにつながっていく筈だ。一時英国の手厚い社会保障制度を表す言葉の「ゆりかごから墓場まで」の考えだ。しかし、こういう政策の結果は明らかである事を何よりも知っているのは海外に出て行く機会の多いビジネスマンだろう。あの誇り高い大英帝国の現在の姿が惨憺たるものである事を自らの目で見ているからである。
一体今の英国にどれだけ国際的に誇れる産業が残っているのであろうか。自動車も電気・電子製品も OA機器も英国企業はなにも残っていない。産業界でドイツ人や米国人との比較において、英国人がどれだけ「真面目に勤勉に正直に誠実に働いている」という評価があるのであろうか。この国の人々の心のゆとり、豊かな田園風景、落ち着いた生活ぶり、などなどは最早神話に過ぎない。現実は薄汚れた都会、あふれる若年失業者、高まる犯罪発生率、無秩序に増える外人労働者、どれもこれも英国人が一生懸命働かなくなった結果であろう。
最近、日本では遺産相続に関し兄弟姉妹間で骨肉の争いとなっているという話を良く耳にし、また新聞等でも頻繁に報じられている。特にこの揉め事は相続遺産の大きい富裕層、お金持ちの家で起こるらしい。最近の統計では相続税を納める(つまり現在のところの基礎控除額の5千万円 + 相続人X 1千万円、以上)の割合はわずか 4%らしい。そういう恵まれたお金持ちの家なら普通は子供たちも生活に困る様なこともなく、兄弟姉妹でおおらかな気持ちで遺産を分け合うかあるいは寄付でもするかという事になるのか、と言えば全く逆である。そこは血みどろの貪欲な争いが発生し弁護士の登場となって裁判に至るのである。この現象についてある識者と話した時に、彼は「結局人間はタダでもらうというものに対しては極めて卑しく貪欲になるという事だ」と述べていた。
まさにそれが真であろう。国家が何から何までタダで国民の面倒を見るという「一見豊かな体制」は人間を心豊かにし、おおらかにし、謙虚にするかと言えば全く逆であり、心卑しく惰性にするだけという事が英国の例を見ても明らかだ。
2011年2月26日土曜日
米国の新幹線計画
オバマ政権が2009年の政権発足と同時に打ち出した米国内の東部、中西部、フロリダ、カリフォルニア、テキサス等での高速鉄道計画は環境対策と雇用機会創出というのがうたい文句だ。これに対しJR東海等の日本企業が日本の新幹線売り込みへの期待感を大いに持っていると報じられている。しかし、結論から言えば日本の新幹線売り込みには何重ものハードルがあって、ほぼ実現性はないと見ておいた方が良いだろう。
そのハードルを順序良く説明していけば、財政面、経営面、費用対効果面、競合面で次の通りとなる。
1. オバマ政権の連邦政府が各州の高速鉄道計画に約130億ドルを拠出し、そのうち 80億 ドルをフロリダとカリフォルニアに使うというものらしいが、果たして連邦と州いずれもがそれぞれ巨額の財政赤字を抱える中、費用対効果がはっきりしないこの計画が最終的に認められるかどうかは疑問である。昨年の中間選挙では「小さな政府」を掲げる共和党が圧勝した結果、既にフロリダ州の様に新任知事が早々とこの計画自体を取りやめ、連邦政府の資金援助を返上する所も出てきている。
2. そもそも過去の米国の歴史で長距離旅客鉄道を開発してきたのは全て民間会社であり、また鉄道自体が今では一部の大都市近郊の例を除きその殆どが貨物専用列車となっていて、連邦政府や州政府に旅客用長距離高速鉄道の安全管理や保全技術に関する知識と経験は全く蓄積されていない。また民間会社がこの高速鉄道計画に協力するという事も考えられず、むしろ反対の意向さえ示している。
3. まず何よりも日本の新幹線が発展した輸送環境と米国の輸送環境は全くもって違うものであり、費用対効果に関しては調査するまでもなく国民経済全体としても採算の合うものではないだろう。その理由はカリフォルニア州だけでも日本以上の面積であり、国土が広すぎて、結局は高速鉄道を利用するのは一部の低所得者層か自動車運転が難しくなる老人世代だけとなる可能性がある。一例を挙げれば、ロサンゼルスやサンフランシスコといった大都市間だけを例え高速鉄道で結んだとしてもそれぞれのターミナルから郊外の自宅やオフィスまでの間の距離が長く、そこまでの公共交通機関が整備されていないので、結局は航空機か自動車を使った方がトータルでは安くて便利となる事が容易に予想される。
4. 仮に万一、上記の財政面と費用対効果の両面が何とかクリアされて、高速鉄道整備が実現化される事となったとしても、一番のハードルは韓国と中国との厳しい価格競争に勝たねばならないという点だ。日本の新幹線の様に 5-10分刻みの過密スケジュールで新幹線を走らせるという高等な技術は米国の鉄道にはオーバースペックで全くそぐわないという事だ。要はこの高速鉄道が中間層・富裕層や要人、ビジネスエリートが日本並みに頻繁に利用する基幹の交通機関とならなければ、安ければそこそこのもので良いという事になる筈だ。従ってまずはコスト面から中国(川崎重工が供与したブラックボックスなしの技術をそのまま使える)が最有力候補であり、次の候補が韓国であろう。それにこの両国関係者による米国の地元でのロビー活動は強力で、日本勢はこの面ではとても勝てない。もとよりカリフォルニア州では両国からの移民数が圧倒的に多い事もある。
前原さん、無駄な新幹線売り込みの政治パフォーマンスなどはもうおやめなさいという事だ。
そのハードルを順序良く説明していけば、財政面、経営面、費用対効果面、競合面で次の通りとなる。
1. オバマ政権の連邦政府が各州の高速鉄道計画に約130億ドルを拠出し、そのうち 80億 ドルをフロリダとカリフォルニアに使うというものらしいが、果たして連邦と州いずれもがそれぞれ巨額の財政赤字を抱える中、費用対効果がはっきりしないこの計画が最終的に認められるかどうかは疑問である。昨年の中間選挙では「小さな政府」を掲げる共和党が圧勝した結果、既にフロリダ州の様に新任知事が早々とこの計画自体を取りやめ、連邦政府の資金援助を返上する所も出てきている。
2. そもそも過去の米国の歴史で長距離旅客鉄道を開発してきたのは全て民間会社であり、また鉄道自体が今では一部の大都市近郊の例を除きその殆どが貨物専用列車となっていて、連邦政府や州政府に旅客用長距離高速鉄道の安全管理や保全技術に関する知識と経験は全く蓄積されていない。また民間会社がこの高速鉄道計画に協力するという事も考えられず、むしろ反対の意向さえ示している。
3. まず何よりも日本の新幹線が発展した輸送環境と米国の輸送環境は全くもって違うものであり、費用対効果に関しては調査するまでもなく国民経済全体としても採算の合うものではないだろう。その理由はカリフォルニア州だけでも日本以上の面積であり、国土が広すぎて、結局は高速鉄道を利用するのは一部の低所得者層か自動車運転が難しくなる老人世代だけとなる可能性がある。一例を挙げれば、ロサンゼルスやサンフランシスコといった大都市間だけを例え高速鉄道で結んだとしてもそれぞれのターミナルから郊外の自宅やオフィスまでの間の距離が長く、そこまでの公共交通機関が整備されていないので、結局は航空機か自動車を使った方がトータルでは安くて便利となる事が容易に予想される。
4. 仮に万一、上記の財政面と費用対効果の両面が何とかクリアされて、高速鉄道整備が実現化される事となったとしても、一番のハードルは韓国と中国との厳しい価格競争に勝たねばならないという点だ。日本の新幹線の様に 5-10分刻みの過密スケジュールで新幹線を走らせるという高等な技術は米国の鉄道にはオーバースペックで全くそぐわないという事だ。要はこの高速鉄道が中間層・富裕層や要人、ビジネスエリートが日本並みに頻繁に利用する基幹の交通機関とならなければ、安ければそこそこのもので良いという事になる筈だ。従ってまずはコスト面から中国(川崎重工が供与したブラックボックスなしの技術をそのまま使える)が最有力候補であり、次の候補が韓国であろう。それにこの両国関係者による米国の地元でのロビー活動は強力で、日本勢はこの面ではとても勝てない。もとよりカリフォルニア州では両国からの移民数が圧倒的に多い事もある。
前原さん、無駄な新幹線売り込みの政治パフォーマンスなどはもうおやめなさいという事だ。
2011年2月25日金曜日
中国の不動産バブル
さて、いよいよ中国の不動産バブルが怪しくなってきた。パンダなどよりもはるかに重要なニュースがある。2月16日に中国の国家統計局が全国不動産価格指標の公表を取りやめると発表した。その理由がいかにも中国らしい。従来この指標の信憑性には疑問が持たれていた事と、最近の不動産価格の高騰に国民が怒りを示す指標であったからだと言うものだ。指標の信憑性については、ずばりその算出根拠や算出方法が全く不透明であるという事だ。もう一方の理由は、おそらく国家統計局の責任ある地位にあるお役人が「恐ろしくなってきた」と感じているのが本音ではないだろうか。つまり中国の経済指標なるものには信憑性がないという事は誰が考えても常識的に理解できる事だが、いざ実際にバブルが崩壊する様な事になれば、誰が責任を取らされるのか。それはまずかようないい加減な数字を発表して国民を惑わし国家に迷惑をかけた国家統計局だとなるわけだ。悪くすれば法治国家ではないかの国では責任者には見せしめの死刑が待っているかも知れない。
既に国内外の経済学者やアナリストの間では「中国の不動産バブルの崩壊は間違いない」が、それでは「それがいつになるか」という事について様々な見方があって、ここにポイントが集約されてきている。思い返せば、この米国でも華々しい不動産バブルがあったのはつい10年ほど前の話である。不動産バブルの絶頂を迎える頃には「いつか必ずやバブルははじけるから慎重に」との意見もあったが、「いやいや、これだけの急激な移民の流入は過去にはなかったもので、不動産需要は伸びるのは当たり前の事であり、決してバブルの様なものではない」との意見がまことしやかに伝えられていた。しかしバブル崩壊は見事に確実に起きた。
以前にも述べた事があるが、米国の不動産バブルをもたらせた要因は(1)低金利での余剰資金のだぶつき(2)住宅ローン債権の証券化、などが上げられているが、何よりもその根底にあるのは(3) モーゲージローン(住宅抵当権付きローン)がノン・リコースである点であろう。ノン・リコースとは一言で言えば、債権者のローンの返済義務が「抵当権が設定されている当該不動産の範囲内のみ」に限定されている事である。つまり債権者側でローンの返済が不可能となった場合は当該不動産のみを手放せば、(ローン残高が不動産価値以上の場合)その債権者がたとえ他に資産を持っていてもそこまでには責任は及ばないという事だ。それでは中国ではこの辺はどうなっているのでろうか。正直、米国にいる我々には詳しい実情は判らない。
米国の場合は確かにノン・リコースは債権者に甘い制度ではあるが、一旦ローン返済不能となって金融機関側で Short Sale(抵当物件の安値売却処分)やForeclosure(競売)となってしまうと、債権者の Credit Scoreは急落して、以降7年間はあらゆる金融機関から一切のローンを受けられなくなるというデメリットがある。果たして今の中国にその様な個人ごとの信用調査制度や Credit Scoreの様な全国的な仕組があるのであろうか。こういった様々な点を考えて行けば、中国の信用膨張度は桁外れのものとなり、バブル崩壊が現実のものともなれば、その激震度は米国のバブル崩壊の場合とは比較にならない程のギガトン級のものとなるやも知れない。
米国のバブル崩壊の過程を振り返れば、長期の景気持続のもと1997年頃から不動産価格が上昇しだしたが、2000年のITバブル崩壊と 2001年の 9.11テロの危機により景気失速を恐れたFRBが一気に金融緩和をしてしまった。それによってその後一気に価格上昇は加速され、住宅の平均価格は2007年のピーク時には2000年水準の約 2.5倍まで跳ね上がってしまったのである。既に 2005-2006年には不動産市場の過熱はピークを迎え、バブル崩壊説が出回っていたが実際に価格が下落傾向を示しサブプライムローン企業が相次ぎ倒産しだしたのがその2年後の2007年となる。更に3年後の 2008年のリーマンショックで完全な崩壊を迎えた。バブル崩壊というのは「危ない」という声が出てからも、実際には2年くらいは何とか持ちこたえてそれまでは崩壊に至らなかったという事だろうか。この辺が実は中国の現在の状況に似ているのかも知れない。
以上、中国経済に付いては何も知らない人間が、米国の例から類推した、あくまでも独断と偏見に基づく個人的な見解であるので、後は皆さんの自己責任での判断と経済行動をお願いする次第だ。
既に国内外の経済学者やアナリストの間では「中国の不動産バブルの崩壊は間違いない」が、それでは「それがいつになるか」という事について様々な見方があって、ここにポイントが集約されてきている。思い返せば、この米国でも華々しい不動産バブルがあったのはつい10年ほど前の話である。不動産バブルの絶頂を迎える頃には「いつか必ずやバブルははじけるから慎重に」との意見もあったが、「いやいや、これだけの急激な移民の流入は過去にはなかったもので、不動産需要は伸びるのは当たり前の事であり、決してバブルの様なものではない」との意見がまことしやかに伝えられていた。しかしバブル崩壊は見事に確実に起きた。
以前にも述べた事があるが、米国の不動産バブルをもたらせた要因は(1)低金利での余剰資金のだぶつき(2)住宅ローン債権の証券化、などが上げられているが、何よりもその根底にあるのは(3) モーゲージローン(住宅抵当権付きローン)がノン・リコースである点であろう。ノン・リコースとは一言で言えば、債権者のローンの返済義務が「抵当権が設定されている当該不動産の範囲内のみ」に限定されている事である。つまり債権者側でローンの返済が不可能となった場合は当該不動産のみを手放せば、(ローン残高が不動産価値以上の場合)その債権者がたとえ他に資産を持っていてもそこまでには責任は及ばないという事だ。それでは中国ではこの辺はどうなっているのでろうか。正直、米国にいる我々には詳しい実情は判らない。
米国の場合は確かにノン・リコースは債権者に甘い制度ではあるが、一旦ローン返済不能となって金融機関側で Short Sale(抵当物件の安値売却処分)やForeclosure(競売)となってしまうと、債権者の Credit Scoreは急落して、以降7年間はあらゆる金融機関から一切のローンを受けられなくなるというデメリットがある。果たして今の中国にその様な個人ごとの信用調査制度や Credit Scoreの様な全国的な仕組があるのであろうか。こういった様々な点を考えて行けば、中国の信用膨張度は桁外れのものとなり、バブル崩壊が現実のものともなれば、その激震度は米国のバブル崩壊の場合とは比較にならない程のギガトン級のものとなるやも知れない。
米国のバブル崩壊の過程を振り返れば、長期の景気持続のもと1997年頃から不動産価格が上昇しだしたが、2000年のITバブル崩壊と 2001年の 9.11テロの危機により景気失速を恐れたFRBが一気に金融緩和をしてしまった。それによってその後一気に価格上昇は加速され、住宅の平均価格は2007年のピーク時には2000年水準の約 2.5倍まで跳ね上がってしまったのである。既に 2005-2006年には不動産市場の過熱はピークを迎え、バブル崩壊説が出回っていたが実際に価格が下落傾向を示しサブプライムローン企業が相次ぎ倒産しだしたのがその2年後の2007年となる。更に3年後の 2008年のリーマンショックで完全な崩壊を迎えた。バブル崩壊というのは「危ない」という声が出てからも、実際には2年くらいは何とか持ちこたえてそれまでは崩壊に至らなかったという事だろうか。この辺が実は中国の現在の状況に似ているのかも知れない。
以上、中国経済に付いては何も知らない人間が、米国の例から類推した、あくまでも独断と偏見に基づく個人的な見解であるので、後は皆さんの自己責任での判断と経済行動をお願いする次第だ。
2011年2月24日木曜日
Bordersの経営破綻
米国の大手書店チェーンである Bordersが 2月16日に Chapter 11(連邦破産法11条)適用を申請して経営破綻した。全米レベルでは BordersとBarnes & Nobleの二社の大手書店チェーンがあるが、Bordersが約 600店舗、Barnes & Nobleが約 700店舗それぞれ展開している。Bordersは取り敢えず、200店舗を閉鎖して再建の道を探るという事だ。
米国の書店はこの二社が顧客獲得の為に競っているからか、来店する客に対しては極めておおらかな対応だ。本棚の近くにはソファや椅子が必ず置いてあって、客は本棚の本を取り出して椅子に座って、あるいはソファに寝そべって堂々としかも延々と立ち読み(寝読み)が出来るのだ。勿論、床にはカーペットが敷かれているから、そのまま床に直接座ってあぐらをかいて読むのも学生の間で良く見かける姿だ。
更に売り場には必ずといって良い程、スタバの様なコーヒーショップが設置されていて、コーヒーを飲みながらでもくつろいで本を読む事が出来る。勿論、立ち読みした本を買う義務もなく、またハタキで追い出される様な事も決してない立ち読み天国だ。Bordersの経営破綻はこの立ち読み天国が理由ではない。経営破綻の理由は誰が見ても明らかな様に、Amazonによる書籍のネット販売と、同じく Amazonによる電子書籍のKindle、更には Appleによる iPhoneや iPadを使っての電子書籍のiBooksに書店の役割がとって変わられた事である。
Bordersと Barnes & Nobleのいずれもがまた同じ売り場で CDと DVDを販売しているが、これらについても Amazon等のネット販売や、AppleのiTune等を通じてのダウンロードが浸透している。Internetを通じての小売が市場に浸透していく中で、書籍とか CD/DVDといった商品はかさが張らず、壊れる様な品物でもないので輸送が簡単で、またinternetを通じて、本の内容を調べたり、音楽を試聴できる事も大きい。
この書店ビジネスの IT化は最早米国に限った現象ではなく、日本でも相当浸透している筈だ。ただ、日本の場合は都市部では通勤通学に公共交通機関を使う事となるが、それらの駅やターミナル付近に書店があるケースが多く、帰宅途中に書店に立ち寄って新刊書や話題の本を手にしてみるという機会は多い。ここが車社会の米国の書店との違いでもあるが、米国の場合は必ずしも通勤通学の往復途中に立ち寄れる場所にはないので、この点も書店に消費者の足が遠のく理由の一つでもある。
Barnes & Nobleの場合はさすがにこうした IT化の流れに対応し、Androidをベースとした Nookという電子書籍デバイスの分野に早々と着手した。これが Bordersとの違いで明暗を分けたのだろう。まさにダーウィンの進化論、It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent that survives. It is the one that is the most adaptable to change.”「この世に生き残る生き物は、強い生き物でも頭が良い生き物でもなく、変化に対応できる生き物だ」、この世界だ。
米国の書店はこの二社が顧客獲得の為に競っているからか、来店する客に対しては極めておおらかな対応だ。本棚の近くにはソファや椅子が必ず置いてあって、客は本棚の本を取り出して椅子に座って、あるいはソファに寝そべって堂々としかも延々と立ち読み(寝読み)が出来るのだ。勿論、床にはカーペットが敷かれているから、そのまま床に直接座ってあぐらをかいて読むのも学生の間で良く見かける姿だ。
更に売り場には必ずといって良い程、スタバの様なコーヒーショップが設置されていて、コーヒーを飲みながらでもくつろいで本を読む事が出来る。勿論、立ち読みした本を買う義務もなく、またハタキで追い出される様な事も決してない立ち読み天国だ。Bordersの経営破綻はこの立ち読み天国が理由ではない。経営破綻の理由は誰が見ても明らかな様に、Amazonによる書籍のネット販売と、同じく Amazonによる電子書籍のKindle、更には Appleによる iPhoneや iPadを使っての電子書籍のiBooksに書店の役割がとって変わられた事である。
Bordersと Barnes & Nobleのいずれもがまた同じ売り場で CDと DVDを販売しているが、これらについても Amazon等のネット販売や、AppleのiTune等を通じてのダウンロードが浸透している。Internetを通じての小売が市場に浸透していく中で、書籍とか CD/DVDといった商品はかさが張らず、壊れる様な品物でもないので輸送が簡単で、またinternetを通じて、本の内容を調べたり、音楽を試聴できる事も大きい。
この書店ビジネスの IT化は最早米国に限った現象ではなく、日本でも相当浸透している筈だ。ただ、日本の場合は都市部では通勤通学に公共交通機関を使う事となるが、それらの駅やターミナル付近に書店があるケースが多く、帰宅途中に書店に立ち寄って新刊書や話題の本を手にしてみるという機会は多い。ここが車社会の米国の書店との違いでもあるが、米国の場合は必ずしも通勤通学の往復途中に立ち寄れる場所にはないので、この点も書店に消費者の足が遠のく理由の一つでもある。
Barnes & Nobleの場合はさすがにこうした IT化の流れに対応し、Androidをベースとした Nookという電子書籍デバイスの分野に早々と着手した。これが Bordersとの違いで明暗を分けたのだろう。まさにダーウィンの進化論、It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent that survives. It is the one that is the most adaptable to change.”「この世に生き残る生き物は、強い生き物でも頭が良い生き物でもなく、変化に対応できる生き物だ」、この世界だ。
2011年2月23日水曜日
米国西海岸日本食品事情
「日本酒、豆腐、醤油」、これらの日本食品はアメリカ市場に順調に浸透してきて、以前から西海岸で日本のメーカーが現地生産を行っている。もう普通のアメリカのスーパーで普通の食品として販売されている。しかし、ここに来て日本食品は「味噌、緑茶、あずき」と更に市場でその支持基盤を拡大させた。リーマンショック前後から米国からの撤退が相次ぐ日本企業であるが、その動きとは反対にマルコメ、前田園、井村屋がいずれもロサンゼルス近郊のIrvine市に現地生産工場も含め次々と進出したのである。
金融業以外で米国の誇る産業を敢えて挙げるとすれば、石油・エネルギー産業、宇宙航空・軍事産業、IT・通信産業であろう。いずれも国家戦略と国防軍事に深く結びついた産業であって、世界的な市場での米国の地位は揺るぎ無い。平和国家日本はそうした産業の中で細分化されたニッチなエリアでの活躍の余地はあっても、大きな産業の流れでは軍事大国、米国にはとても太刀打ちが出来ない。一方従来の日本のお得意芸の自動車・家電・OA機器の分野では韓国・台湾・中国勢の追い上げが激しく、米国市場ではこれらアジア勢にじりじりと追い詰められてきている。そこで日本が米国市場に対し打つべき次の一手として注力すべき産業は何かと言えば、アニメ・漫画・ゲーム産業と並び健康食品がその有力候補となってくるのである。
振り返って考えれば、超大国米国の弱点は何かと言えば、それは日常の米国人の生活ぶりを見れば一目瞭然である。即ち食生活であり、はっきり言えば彼らはろくなものを食べていないという点である。料理として味覚や味付け、調理法でpoorであるというのみならず、食材としても健康面で大いなる問題があるという事だ。高コレステロール、高血圧、高血糖値、高尿酸値をもたらす食品を中心とする食生活から起因する動脈硬化、糖尿病、通風といった各種成人病疾患が国民的関心事だ。
そうした風潮の中で、昨年3月12-14日の三日間、Natural Products Expo West 2010(健康食品展示会)がロサンゼルス郊外のアナハイム市で開催され、1,700社が出展、56,000人の来場者を記録して、日本食品への注目度も更に飛躍的にアップした。今や米国では食品に関する限り、味覚やグルメや調理法には関心はなく、「ナチュラル、オーガニック、ヘルシー」がキーワードである。いわくコレステロール・フリー、ファット(脂肪)・フリー、不飽和脂肪酸・フリー、添加物・フリーがうたい文句でもある。
米国市場では企業ブランドとしてはヤクルト、ハウスカレー、伊藤園、キッコーマン、森永乳業豆腐等は既に市民権を得ているが、最近はこういった大手企業でなくとも家族経営の日本人のパン屋が注目されだしてきた。日本人が焼くパンはふっくらしていて、香ばしいのが人気なのだが、そのふっくら香ばしいパンに更に付加価値を付ける事で、この分野で先行するフランス系や台湾系のパン屋との差別化がはかられてきている。ご存知アンパン、クリームパン、メロンパン、カレーパン、カツサンド、コロッケパン、焼きそばパンのB級グルメ的品揃えである。
それではそういった特殊なパンは在米の日本人客だけを対象としたものかと言えば、そうでもない様だ。西海岸の場合はラーメン屋のケースと同様にまずは中国、韓国等のアジア系の人達が触手を動かしてくれ、更にそういう動きが必ずや白人系やラテン系にも波及していって、全般的に手軽な食事として人気が高まって行く事となるからだ。これはちょうどマンハッタンのグランドセントラル駅からオフィスへ向かう途中にオフィスで食べる為の朝食を皆が揃って買うといったあの懐かしい光景につながっていくのだ。
アニメ・漫画、日本食品といったものはどちらかと言えばその消費者としての対象を女性、子供、若者を狙いとする産業だ。平和国家日本はこの米国市場では次はそうした女々しい分野の産業でちまちまと生きて行くしかないのであろか。
金融業以外で米国の誇る産業を敢えて挙げるとすれば、石油・エネルギー産業、宇宙航空・軍事産業、IT・通信産業であろう。いずれも国家戦略と国防軍事に深く結びついた産業であって、世界的な市場での米国の地位は揺るぎ無い。平和国家日本はそうした産業の中で細分化されたニッチなエリアでの活躍の余地はあっても、大きな産業の流れでは軍事大国、米国にはとても太刀打ちが出来ない。一方従来の日本のお得意芸の自動車・家電・OA機器の分野では韓国・台湾・中国勢の追い上げが激しく、米国市場ではこれらアジア勢にじりじりと追い詰められてきている。そこで日本が米国市場に対し打つべき次の一手として注力すべき産業は何かと言えば、アニメ・漫画・ゲーム産業と並び健康食品がその有力候補となってくるのである。
振り返って考えれば、超大国米国の弱点は何かと言えば、それは日常の米国人の生活ぶりを見れば一目瞭然である。即ち食生活であり、はっきり言えば彼らはろくなものを食べていないという点である。料理として味覚や味付け、調理法でpoorであるというのみならず、食材としても健康面で大いなる問題があるという事だ。高コレステロール、高血圧、高血糖値、高尿酸値をもたらす食品を中心とする食生活から起因する動脈硬化、糖尿病、通風といった各種成人病疾患が国民的関心事だ。
そうした風潮の中で、昨年3月12-14日の三日間、Natural Products Expo West 2010(健康食品展示会)がロサンゼルス郊外のアナハイム市で開催され、1,700社が出展、56,000人の来場者を記録して、日本食品への注目度も更に飛躍的にアップした。今や米国では食品に関する限り、味覚やグルメや調理法には関心はなく、「ナチュラル、オーガニック、ヘルシー」がキーワードである。いわくコレステロール・フリー、ファット(脂肪)・フリー、不飽和脂肪酸・フリー、添加物・フリーがうたい文句でもある。
米国市場では企業ブランドとしてはヤクルト、ハウスカレー、伊藤園、キッコーマン、森永乳業豆腐等は既に市民権を得ているが、最近はこういった大手企業でなくとも家族経営の日本人のパン屋が注目されだしてきた。日本人が焼くパンはふっくらしていて、香ばしいのが人気なのだが、そのふっくら香ばしいパンに更に付加価値を付ける事で、この分野で先行するフランス系や台湾系のパン屋との差別化がはかられてきている。ご存知アンパン、クリームパン、メロンパン、カレーパン、カツサンド、コロッケパン、焼きそばパンのB級グルメ的品揃えである。
それではそういった特殊なパンは在米の日本人客だけを対象としたものかと言えば、そうでもない様だ。西海岸の場合はラーメン屋のケースと同様にまずは中国、韓国等のアジア系の人達が触手を動かしてくれ、更にそういう動きが必ずや白人系やラテン系にも波及していって、全般的に手軽な食事として人気が高まって行く事となるからだ。これはちょうどマンハッタンのグランドセントラル駅からオフィスへ向かう途中にオフィスで食べる為の朝食を皆が揃って買うといったあの懐かしい光景につながっていくのだ。
アニメ・漫画、日本食品といったものはどちらかと言えばその消費者としての対象を女性、子供、若者を狙いとする産業だ。平和国家日本はこの米国市場では次はそうした女々しい分野の産業でちまちまと生きて行くしかないのであろか。
2011年2月22日火曜日
アンドラ
欧州にアンドラという山間の美しい国があるのをご存知だろうか。日本人の中でご存知の方は多分欧州で消費財商品の販売経験がある方だろう。アンドラはスペインとフランスに囲まれたピレネー山脈のふもとにある人口7万人、面積約 500km2の小さな国だ。アンドラは風光明媚な観光地としてスキーで有名であるのと同時に、国全体が免税地域の様な感じになっていて、お買物をしにスペインのバロセロナから車で入るケースが多い。欧州で仕事をしていて、ただ「アンドラに行ってきます」と言えば、「ああ、スキーですか」となるが、「ちょっと仕事でアンドラに行ってきます」と言えば「ご苦労様」とニヤリとされるだろう。
この国が正式に独立したのは 1993年であり、国連にも加盟しているが EUには加盟していない。それまではスペインとフランスの共同保護領の様な地域であった。言語はスペイン語でもフランス語でもなく、スペインのバロセロナ地域のカタロニア語(フランス語に近い)である。
さて、日本の消費財製造企業が欧州各国の販売代理店を集めて販売会議を行う場合、各国の販売状況や販売価格の話になると、このアンドラが度々話題に上る。特にアンドラに隣接するフランスとスペインの代理店あたりからは、販売不振の言い訳にこのアンドラでの安値販売による悪影響が上げられるのだ。このアンドラと言う国に入ると道路の両側にファッション製品や酒タバコ類、家電製品等を売る店がずらりと軒を並べるが、彼らはどこからこういった外国製品を仕入れるのか言えば、一つは欧州各国の販売総代理店からの横流しと、もう一つは在庫処分に困った各国の小売業者だ。
各国の販売総代理店が意図的にアンドラに商品を流す場合は、契約で決められた販売テリトリー以外の地域に商品を流通させてしまうのであるから、メーカーとの代理店契約に反する事となり、悪くすれば契約違反で代理店権を取り上げられてしまうリスクがある。また仮にどこかの国の代理店がそういった販売を行えば、アンドラに隣接するフランスとスペインの代理店が価格低下の被害を受けるので黙ってはいない。色々と手をまわして、何処の国の代理店が横流ししているのかを突き止めてメーカーへのご注進で垂れ込むからである。
一方、メーカー側としてもこのアンドラ価格が出来るだけその他欧州全域の末端価格に影響が出ない様に最新の注意を払う必要がある。それは、まず各国の末端の小売店側での小売マージンが少なくなったり、販売量が減ったりとの事で小売店から代理店を通じてクレームを受ける事につながり、ひいては末端価格低下により自らの工場出しの価格が低下してしまう結果につながるからだ。しかし EUとて日本や米国と同様、消費者利益保護と公正取引の観点から再販価格維持等に関する独禁法上の規制があり、メーカーがどこまで末端価格や流通業者をコントロールできるかには、法的にも実務的にも限界があり、特に企業側でのコンプライアンスが叫ばれている昨今は要注意である。ここにアンドラの業者の存在できるニッチな場所があるだ。
さて、そういう目で実際のアンドラの業者の店に入って行って販売価格を見たりしていると、店の奥から一見眠った様な目だがドスの効いた目つきのオヤジが目を光らせているではないか。我々の服装や態度を見てどう見ても観光でやって来ているのではなく、仕事で来ているのがミエミエであるからだ。しかし、考えてみればこういう言わばゴミ捨て場の様な市場があるからこそ流通段階での過剰在庫が処分され、歪な市場状況が矯正され調整されて、再びメーカーはエネルギッシュに生産活動を継続できているのかも知れない。
世の中には光と影あり、表通りを歩む人間がいれば、裏街道を歩む人間もいる。時にはその裏街道が大変な役割を持つ事があるのはビジネスのみならず特に政治の世界でも同じだ。今現在注目を浴びている「ワル」と言われる方をそう言う目で見ると、どうもこのアンドラの商店主の様な面構えに通じるものがあると思えて仕方が無い。
この国が正式に独立したのは 1993年であり、国連にも加盟しているが EUには加盟していない。それまではスペインとフランスの共同保護領の様な地域であった。言語はスペイン語でもフランス語でもなく、スペインのバロセロナ地域のカタロニア語(フランス語に近い)である。
さて、日本の消費財製造企業が欧州各国の販売代理店を集めて販売会議を行う場合、各国の販売状況や販売価格の話になると、このアンドラが度々話題に上る。特にアンドラに隣接するフランスとスペインの代理店あたりからは、販売不振の言い訳にこのアンドラでの安値販売による悪影響が上げられるのだ。このアンドラと言う国に入ると道路の両側にファッション製品や酒タバコ類、家電製品等を売る店がずらりと軒を並べるが、彼らはどこからこういった外国製品を仕入れるのか言えば、一つは欧州各国の販売総代理店からの横流しと、もう一つは在庫処分に困った各国の小売業者だ。
各国の販売総代理店が意図的にアンドラに商品を流す場合は、契約で決められた販売テリトリー以外の地域に商品を流通させてしまうのであるから、メーカーとの代理店契約に反する事となり、悪くすれば契約違反で代理店権を取り上げられてしまうリスクがある。また仮にどこかの国の代理店がそういった販売を行えば、アンドラに隣接するフランスとスペインの代理店が価格低下の被害を受けるので黙ってはいない。色々と手をまわして、何処の国の代理店が横流ししているのかを突き止めてメーカーへのご注進で垂れ込むからである。
一方、メーカー側としてもこのアンドラ価格が出来るだけその他欧州全域の末端価格に影響が出ない様に最新の注意を払う必要がある。それは、まず各国の末端の小売店側での小売マージンが少なくなったり、販売量が減ったりとの事で小売店から代理店を通じてクレームを受ける事につながり、ひいては末端価格低下により自らの工場出しの価格が低下してしまう結果につながるからだ。しかし EUとて日本や米国と同様、消費者利益保護と公正取引の観点から再販価格維持等に関する独禁法上の規制があり、メーカーがどこまで末端価格や流通業者をコントロールできるかには、法的にも実務的にも限界があり、特に企業側でのコンプライアンスが叫ばれている昨今は要注意である。ここにアンドラの業者の存在できるニッチな場所があるだ。
さて、そういう目で実際のアンドラの業者の店に入って行って販売価格を見たりしていると、店の奥から一見眠った様な目だがドスの効いた目つきのオヤジが目を光らせているではないか。我々の服装や態度を見てどう見ても観光でやって来ているのではなく、仕事で来ているのがミエミエであるからだ。しかし、考えてみればこういう言わばゴミ捨て場の様な市場があるからこそ流通段階での過剰在庫が処分され、歪な市場状況が矯正され調整されて、再びメーカーはエネルギッシュに生産活動を継続できているのかも知れない。
世の中には光と影あり、表通りを歩む人間がいれば、裏街道を歩む人間もいる。時にはその裏街道が大変な役割を持つ事があるのはビジネスのみならず特に政治の世界でも同じだ。今現在注目を浴びている「ワル」と言われる方をそう言う目で見ると、どうもこのアンドラの商店主の様な面構えに通じるものがあると思えて仕方が無い。
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