在米の政治・経済評論家、伊藤貫氏が日下公人氏との共著で「「自主防衛を急げ!」という本を最近出版した。実はまだ読んでいないので詳しい内容は知らないままであるが、国民の核アレルギーが極限にまで高まろうとしているこの時期にこそ、敢えて正面から「自主防衛」や「核保有」について改めて議論を深めるという事は意義ある事だと思う。今回の福島原発事故の対応で明らかとなった様に結局は核保有国の米国やフランスが核兵器テロや原発事故に対する備えや訓練では日本では比較にならないほど数段進んでいたという事である。また日本人がこういう安保・軍事というものに対するアレルギーを持つにより、直面する課題に正面から向き合おうとしなかった事が、政府の後手後手に回る対応結果となり、人災を招いたという事だろう。
伊藤貫氏の説明を聞くと、同氏が取り上げている点で客観的事実として注目すべきは、「米国の財政赤字悪化がもたらす東アジアでの軍事力不均衡」の危険性である。詳しくこの背景を補足説明すれば以下の通りとなる。
1. 米国の年間財政赤字は過去最大の GDP比10%にも達していて破綻寸前
2. 米国の歳出で医療費、社会保障費、国防費だけで全体の 3/4を占めている
3. メディケア受給資格者はベビーブーマー高齢化で 50百万が78百万人になる
(メディケアとは高齢者障害者向け公的医療保険で医療費が最大項目)
4. メディアケアの医療費と年金の社会保障費は「義務的支出」で削減不可能
5. 従い、米国は「裁量的支出」の中の最大項目の国防費を削らざる得なくなる
6. 米国の経常収支赤字と国債引受の両面から最大の相手国が中国である
7. 米国は東アジアでの国防費を削減し、軍事的プレゼンスを後退させる事に
8. 中国は経済成長を背景に政権が国内締付けを強化し民主化は進展しない
9. 中国は軍事費拡張のテンポを更に加速化させて東アジアの覇権を確実に
10. 東アジアでの軍事力の均衡状態が一気に崩れて軍事的緊張が高まる
なお、上記の2,4,6,8,は当方で勝手に追加説明を加えたものである。 (詳細に付いては、4/14付け「米国の財政赤字」をご参照下さい)
伊藤氏はまた現在の日本外交に関する主張の違いは次の四つのグループに分類されると指摘している。 1. 護憲左翼 2. 親米保守 3. 真正保守 に加えて、4. リアリスト派があり、自分は4であると解説している。この中で戦後日本の歴史で米国隷属をしてきたのは、米国の押し付けた憲法9条を守っていれば良いとする1の護憲左翼と、世界の政治・経済の覇権国家である米国に追随していれば良いとする 2の親米保守であるとしている。
また、過去の世界の歴史を振り返れば判るとおり、これら1. と 2の勢力はコラボレーショニスト(collaborationist、占領軍に協力する属国主義者)だと言うわけだ。これはまた今後間違いなく起きてくる中国の東アジア覇権の動きの中ではまたぞろ、国内で中国の露骨な内政への影響力に迎合するコラボレーショニストを生み出すであろう事を示唆している。
一方、リアリスト派の例として判りやすいのは、2003年のイラク戦争の際に米国内で開戦に反対した、スコウクロフト(父ブッシュ政権補佐官)、ブレジンスキー(カーター政権補佐官)、ハンティントン(学者)、ミアシャイマー(学者)といった人達がリアリスト派であった事だ。彼らはイデオロギーからのハト派としての立場で反対したのではなくて、「中東に民主主義をもたらす」等という誤った判断のもとでの「米国の深入りしすぎる介入」が中東の勢力均衡バランスを崩すから反対したのだという説明である。
我々も海外にいて米国や西欧諸国の動きを見て常に痛感する事は、外交安保の課題は単純なイデオロギーや感情論では解決できない、いや誤った結果しか生み出さないものであって、国家が平和に生き延びる為には現実に向きい、勢力均衡を保つリアリズムの立場を取るしかないという事だ。
この伊藤氏と日下氏の共著の中ではこれ以外に新たな視点から見た様々な意見が書かれているようであるが、それらについては正直なところ評価は分かれるだろう。しかし、少なくとも近い将来東アジアでの軍事力均衡が崩れて日本の独立性が危ぶまれる事と、そうした国際政治の動きに対して日本はリアリスト派の立場に立って正しい選択の道を歩むべきであると言う点については説得力があるものだ。
2011年4月23日土曜日
2011年4月18日月曜日
小沢氏に関してもう少し
Twitterというものはタイムラインを流し読みしていると、必ずふとマウスのホイールボタンを止めてリンクが貼られている先を見てみたくなる様な殺し文句が見つかるものだ。そういうものの中で2009年末に韓国ソウルを訪問した際に市内の大学で行った小沢氏の講演の YouTube動画が紹介されている。そういえば確かにこういう内容の発言を小沢氏が韓国でしたという事を聞いてはいたが、その収録ビデオを見るとそれをどう評価しどう捉えるかは別として、その動画のタイトルにある通りあまり先例のないの「爆弾発言」ではある。
詳細は http://www.youtube.com/watch?v=UswizjEHAbk をご覧下さい。
これを見ると小沢氏の講演内容の概略は下記の通りだ。
1. 近代における日韓の間の不幸な時代は日本国民としてまず韓国に対して謝罪しなければならな い歴史的な事実である。
2. 朝鮮半島南部の権力者が九州に来て、更に海伝いに三重に上陸し、奈良に入って政権樹立をしたのが日本の神話で語られている神武天皇であるという「神武東征」説が江上(波夫)先生の説である。
3. 仁徳天皇稜の発掘は宮内庁が認めておらず、江上波夫氏が(自民党)幹事長時代の小沢氏に対し宮内庁に働きかけて何とか発掘を認めてもらう様依頼した。これを発掘できれば(江上氏が主張する様な)歴史の謎が解明する筈だ。
4. これを私(小沢氏)があまり言うと日本に帰れなくなるが(笑い声)、江上氏説は歴史的事実であると思う。
5. 794年の平安京を作った桓武天皇の生母は百済の王女であった事を天皇陛下も挨拶で「言った事」(敬語ではない)であり、認めている。
6. しかるに、日本人は自分で勉強し判断する自立心が最も足りない国民である。
この小沢氏が事実だと考える江上波夫氏の「騎馬民族征服王朝説」をどうとらえるかは歴史学上で諸説あるが、小沢氏が敢えて「これが歴史的事実である」とソウルで講演した意図はどういうものなのであろうか。おそらく韓国の人達にあなた方は我々日本人が戦前神と崇めてきた天皇のルーツだったという事を言いたかったのであろうか。講演を聞く韓国人にしてみれば、何やら自尊心がくすぐられる様で悪い気はしないだろうから、小沢氏とすれば日韓親善の為に敢えて爆弾発言を行ったのであろうか。また最後の部分の「日本人は自立性が最も足りない国民である」にいきなり論理が飛躍するのも今ひとつ理解できないが、要はこれもひたすら日韓親善の為に、韓国人に対してへりくだって「日本人はダメな国民ですよ」と言いたかったのであろうか。
ここで我々政治のシロウトの頭を更に混乱させるのはいわゆる真正保守と言われる人々の中にも小沢氏待望論を唱える人々がいる事だ。真正保守の人々にとってはこの小沢氏のソウルでの講演内容は受け入れ難いものであろうと思うが、むしろ「大局を見るホンモノの政治家としてのかような発言は敢えて問題視すべきものでもない」ものなのか。つまり、これも小沢氏が中国訪問時に胡錦濤主席に対して述べた「私は自民解放軍の野戦軍司令官」という発言と同様に相手を「おちょくったもの」と理解すべきものなのであろうか。その辺が正直よく判らない。このYouTube動画を見る限り、小沢氏は自説を述べるのに堂々としており、これが捏造されたものでもなくまた曲解されたものでもないのは明らかだ。また時期的にも例の習近平氏の天皇会見問題の直前であった事からも一連の流れに沿うものであろう。
こうなると小沢氏の「理念よりも権力」だと言う今までの極端な変節の経歴を、仮に「政治は行動と結果」だからそういうものだと言う事で理解するにしても、ここで小沢氏がまた再び政治権力の最高実力者になろうとする場合はいかに変節するのか、あるいはこのソウルでの講演内容に沿う様な考えのままで新たな変節をせずに押し通すのかが、またこれも我々凡人には良く理解できないところであるが。
詳細は http://www.youtube.com/watch?v=UswizjEHAbk をご覧下さい。
これを見ると小沢氏の講演内容の概略は下記の通りだ。
1. 近代における日韓の間の不幸な時代は日本国民としてまず韓国に対して謝罪しなければならな い歴史的な事実である。
2. 朝鮮半島南部の権力者が九州に来て、更に海伝いに三重に上陸し、奈良に入って政権樹立をしたのが日本の神話で語られている神武天皇であるという「神武東征」説が江上(波夫)先生の説である。
3. 仁徳天皇稜の発掘は宮内庁が認めておらず、江上波夫氏が(自民党)幹事長時代の小沢氏に対し宮内庁に働きかけて何とか発掘を認めてもらう様依頼した。これを発掘できれば(江上氏が主張する様な)歴史の謎が解明する筈だ。
4. これを私(小沢氏)があまり言うと日本に帰れなくなるが(笑い声)、江上氏説は歴史的事実であると思う。
5. 794年の平安京を作った桓武天皇の生母は百済の王女であった事を天皇陛下も挨拶で「言った事」(敬語ではない)であり、認めている。
6. しかるに、日本人は自分で勉強し判断する自立心が最も足りない国民である。
この小沢氏が事実だと考える江上波夫氏の「騎馬民族征服王朝説」をどうとらえるかは歴史学上で諸説あるが、小沢氏が敢えて「これが歴史的事実である」とソウルで講演した意図はどういうものなのであろうか。おそらく韓国の人達にあなた方は我々日本人が戦前神と崇めてきた天皇のルーツだったという事を言いたかったのであろうか。講演を聞く韓国人にしてみれば、何やら自尊心がくすぐられる様で悪い気はしないだろうから、小沢氏とすれば日韓親善の為に敢えて爆弾発言を行ったのであろうか。また最後の部分の「日本人は自立性が最も足りない国民である」にいきなり論理が飛躍するのも今ひとつ理解できないが、要はこれもひたすら日韓親善の為に、韓国人に対してへりくだって「日本人はダメな国民ですよ」と言いたかったのであろうか。
ここで我々政治のシロウトの頭を更に混乱させるのはいわゆる真正保守と言われる人々の中にも小沢氏待望論を唱える人々がいる事だ。真正保守の人々にとってはこの小沢氏のソウルでの講演内容は受け入れ難いものであろうと思うが、むしろ「大局を見るホンモノの政治家としてのかような発言は敢えて問題視すべきものでもない」ものなのか。つまり、これも小沢氏が中国訪問時に胡錦濤主席に対して述べた「私は自民解放軍の野戦軍司令官」という発言と同様に相手を「おちょくったもの」と理解すべきものなのであろうか。その辺が正直よく判らない。このYouTube動画を見る限り、小沢氏は自説を述べるのに堂々としており、これが捏造されたものでもなくまた曲解されたものでもないのは明らかだ。また時期的にも例の習近平氏の天皇会見問題の直前であった事からも一連の流れに沿うものであろう。
こうなると小沢氏の「理念よりも権力」だと言う今までの極端な変節の経歴を、仮に「政治は行動と結果」だからそういうものだと言う事で理解するにしても、ここで小沢氏がまた再び政治権力の最高実力者になろうとする場合はいかに変節するのか、あるいはこのソウルでの講演内容に沿う様な考えのままで新たな変節をせずに押し通すのかが、またこれも我々凡人には良く理解できないところであるが。
2011年4月15日金曜日
村山内閣との類似性
今回の東北地方の大震災で「よりによってこの内閣の時に」と、阪神大震災の時の村山内閣の事を思い出された方は少なくないだろう。阪神大震災での村山氏は自衛隊の派遣等で全てが後手後手にまわった事に関して「何分にも初めての事なもので」という馬鹿げた発言で国民の激しい批判を浴び、支持率が急落した。現在の菅内閣が1994年6月に成立したその村山内閣に似ているという指摘がよくなされる。後手後手にまわる「危機対応」ぶりは確かに同じであるが、これ以外の共通点としては「反小沢」であり、もう一つは「外交音痴」であろう。
今から振り返れば15年前のたった1年半の「村山内閣」というのは一体何だったんだろうと思う。この村山氏ほど首相になる legitimacy(正当性)がない人物はなかっただろう。何故、村山氏が首相になったかは言うまでもなく数合わせの論理の結果だ。つまり、(1) 細川・羽田連立政権での真の実力者である小沢氏が羽田政権樹立時に「社会党・さきがけはずし」を図った事と、(2) 同時に政権復帰を狙う自民党がこの社会党・さきがけという反小沢氏の動きの二党との連立工作をしたのがきっかけである。そもそも小沢派による細川政権の「理念なき野合」が、あい続いで反小沢派による村山政権の「理念なき野合」を作り出したのだ。
そもそも細川連立政権成立時に社会党が加わったのは自民党政権時代のもとでは同党が70名という最大野党勢力であったからだ。自民党を離党し、反自民党の結集という事で数合わせ上、小沢氏はこの社会党とも手を組む事を決めたのである。そこにおける小沢氏の読みとしては、社会党が連立政権としての数合わせ上は重要であり、また一方では冷戦体制終結で既に賞味期限が切れていて政党としての力を無くししていた事にある。後に「踏まれてもついていきます下駄の雪」と揶揄されるほど細川政権下では小沢氏に舐めきられていたのだ。
首相として何の功績もなかった村山氏でも戦後50年の節目の1995年に出された「村山談話」だけは有名だ。いわく戦前の日本が植民地支配と侵略によってアジアの国々に多大の損害と苦痛を与えてと言う内容だ。まさに国論を二分するとも言われる歴史観問題ではそれまでにはない踏み込んだ発言だ。この首相談話の内容は村山氏の考えもさる事ながらそこには外務省の意向が色濃く出ているのではないかと思われる。その背景にあるのは鄧小平氏の後継として1993年に全ての権力を手中に収めた江沢民氏による「反日姿勢」の中国にある。
1989年の天安門事件の民主化の動きに危機感を抱いた江沢民氏は共産党一党独裁体制維持の為の正当化根拠を「反日」に定めたのである。それ以来日本の外務省の対中国交渉では何事につけ中国側からこの「歴史問題」を引き合いに出されて困難を極めた。外交官の頭の中にあるのは必ずしも国家第一ではなく、いかに与えられた仕事を波風立てずそつなくこなすかの官僚的発想だ。そういう彼らには国家観がなく外交音痴の村山首相の登場は渡りに船である。首相談話は首相一人が了承すれば議会の承認がなくとも公表されるものであるので、これがあれば中国、韓国の反日国との外交交渉はスムーズに進むのだ。現在の外交官の中でも村山首相を評価する人が少なからずいるのは、ひとえに村山氏が外交音痴で外務官僚の言いなりで操れる無能の宰相であったからだろう。
村山氏にとっての労働者は菅氏にとっての市民である。いずれの首相にも共通するのは「労働者ありき、市民ありき」で「国家」なるものが意識にない事にある。そもそも外交とは国家の利益即ち国益と国益がぶつかり合う場であるから、国家観のない首相に外交を担当する資格はない。実際、イタリアのナポリサミットでは晩餐会で各国の首脳が食事に会話にと和やかな雰囲気が作られた中で、普段日本食しか食べる事が出来ない村山首相は終始一切食事には手をつけず全くの招かれざる客であったとの事だ。そもそも村山氏には外交どころか外国とか外国文化といったものにさえ触れる興味と機会はなかった様であるから、外交舞台でいかに振舞うかも知らないリーダーではお話にならない。
90年代の村山氏はまさに現在の菅氏である。現在の主要な外交交渉の相手は中国だけではない。同盟国である米国こそ常に衣の袖の下に見え隠れするのは鎧であるから、菅内閣そのものが国家の危機である事は言うまでもない。
今から振り返れば15年前のたった1年半の「村山内閣」というのは一体何だったんだろうと思う。この村山氏ほど首相になる legitimacy(正当性)がない人物はなかっただろう。何故、村山氏が首相になったかは言うまでもなく数合わせの論理の結果だ。つまり、(1) 細川・羽田連立政権での真の実力者である小沢氏が羽田政権樹立時に「社会党・さきがけはずし」を図った事と、(2) 同時に政権復帰を狙う自民党がこの社会党・さきがけという反小沢氏の動きの二党との連立工作をしたのがきっかけである。そもそも小沢派による細川政権の「理念なき野合」が、あい続いで反小沢派による村山政権の「理念なき野合」を作り出したのだ。
そもそも細川連立政権成立時に社会党が加わったのは自民党政権時代のもとでは同党が70名という最大野党勢力であったからだ。自民党を離党し、反自民党の結集という事で数合わせ上、小沢氏はこの社会党とも手を組む事を決めたのである。そこにおける小沢氏の読みとしては、社会党が連立政権としての数合わせ上は重要であり、また一方では冷戦体制終結で既に賞味期限が切れていて政党としての力を無くししていた事にある。後に「踏まれてもついていきます下駄の雪」と揶揄されるほど細川政権下では小沢氏に舐めきられていたのだ。
首相として何の功績もなかった村山氏でも戦後50年の節目の1995年に出された「村山談話」だけは有名だ。いわく戦前の日本が植民地支配と侵略によってアジアの国々に多大の損害と苦痛を与えてと言う内容だ。まさに国論を二分するとも言われる歴史観問題ではそれまでにはない踏み込んだ発言だ。この首相談話の内容は村山氏の考えもさる事ながらそこには外務省の意向が色濃く出ているのではないかと思われる。その背景にあるのは鄧小平氏の後継として1993年に全ての権力を手中に収めた江沢民氏による「反日姿勢」の中国にある。
1989年の天安門事件の民主化の動きに危機感を抱いた江沢民氏は共産党一党独裁体制維持の為の正当化根拠を「反日」に定めたのである。それ以来日本の外務省の対中国交渉では何事につけ中国側からこの「歴史問題」を引き合いに出されて困難を極めた。外交官の頭の中にあるのは必ずしも国家第一ではなく、いかに与えられた仕事を波風立てずそつなくこなすかの官僚的発想だ。そういう彼らには国家観がなく外交音痴の村山首相の登場は渡りに船である。首相談話は首相一人が了承すれば議会の承認がなくとも公表されるものであるので、これがあれば中国、韓国の反日国との外交交渉はスムーズに進むのだ。現在の外交官の中でも村山首相を評価する人が少なからずいるのは、ひとえに村山氏が外交音痴で外務官僚の言いなりで操れる無能の宰相であったからだろう。
村山氏にとっての労働者は菅氏にとっての市民である。いずれの首相にも共通するのは「労働者ありき、市民ありき」で「国家」なるものが意識にない事にある。そもそも外交とは国家の利益即ち国益と国益がぶつかり合う場であるから、国家観のない首相に外交を担当する資格はない。実際、イタリアのナポリサミットでは晩餐会で各国の首脳が食事に会話にと和やかな雰囲気が作られた中で、普段日本食しか食べる事が出来ない村山首相は終始一切食事には手をつけず全くの招かれざる客であったとの事だ。そもそも村山氏には外交どころか外国とか外国文化といったものにさえ触れる興味と機会はなかった様であるから、外交舞台でいかに振舞うかも知らないリーダーではお話にならない。
90年代の村山氏はまさに現在の菅氏である。現在の主要な外交交渉の相手は中国だけではない。同盟国である米国こそ常に衣の袖の下に見え隠れするのは鎧であるから、菅内閣そのものが国家の危機である事は言うまでもない。
2011年4月12日火曜日
復興資金(ドイツに学ぶ)
大震災から一ヶ月が過ぎ、被災地東日本の復興に目が向けられる様になってくると、果たしてその復興資金を容易に調達できるのかと、いかに調達するのかが議論の焦点となってくる。前者の点については既に多くの経済学者が指摘してきている様に、世界一の債権国である日本には充分な資金源があるので資金調達そのものは全く問題がない事は言うまでもない。問題はむしろその調達方法にある。
まず「世界一の債権国日本」の説明であるが、極めて常識的な事であって理解し易い。これはちょうど家庭における家計と同じで、急病や事故、災害で急な出費を迫られる時に果たして家庭内にそれだけの緊急出費に耐えられる収入なり貯金なり資産があるのかというのと同じだ。国民経済的な観点から国家の家計を「投資と貯蓄」の面で捉えれば、日本は国内で必要とされる投資をはるかに上回る貯蓄があって、それが現在では海外への投資に振り向けられている。その結果が対外純資産残高という形で日本が世界で第一の債権国(つまり最大の金貸し)になっているのである。また、このストックでの対外純資産が増えるとフローでの所得収支の黒字(利子や配当の受け取りが支払いを上回る)の増加を生み出す結果となり、更に資産が蓄積されていく事になるのである。
この「最大の金貸し」を数式で表そうとすれば、対外純資産残高 = 対外資産残高 – 対外負債残高 となる。つまり「海外の資産額」から「海外からの借金額」を差し引いた差額が「対外純資産残高」となる。具体的な数字としては、昨年 5月の財務省発表による 2009年末の数字で、対外資産554.8兆円 –対外負債 288.6兆円 =対外純資産 266.2兆円となって、日本は世界最大の債権国である。因みに第二位の中国が 167.7兆円、三位のドイツが 118.9兆円である。一方最大の債務国、つまり「世界の借金王」はご存知米国で 314.8兆円の純負債を抱えている。米国は純負債第二位のブラジルをはるかに引き離してダントツの世界一でその額も突出している。その一つの表れが、日本の保有する米国債残高約 8,859億ドル、85円換算で約 75兆円にある。
仮に東日本大震災の復興資金として阪神大震災の復興資金である 10兆円の 2倍の 20兆円がかかるとしても、それだけの資金をカバーするだけの「資産のストック」と「新たなに余剰資金を生み出すフローの力」を日本は充分に抱えているという事だ。今これから復興基金を作って復興債を発行するとなれば、個人向けに発行する復興債と金融市場を通じての復興債の二種類で調達できる。個人向けの復興債では家計部門の金融資産である 1,400兆円の中のたった1%程度を振り向けるだけでも14兆円が賄える筈だ。
問題はこの復興債券の償還財源であるが、元財務官僚の森信茂樹氏が提案しているのがドイツ統一後の旧東独側の復興資金に使われた連帯付加税(Solidaritätszuschlag)方式である。連帯付加税とは 1995年のドイツ統一後に特別に導入された税で法人税・所得税額の 5.5%(当初は 7.5%であった)が付加課税される。ドイツでの法人税の現行基本税率は 15%(実効税率は平均約30%)であるので、これの 5.5%である、0.825%がプラスされるという事だ。
この税方式のメリットは法人税・所得税の税率と体系はそのままにして現行制度を維持しつつ、広く、薄く、国民全体に連帯を求めて、能力に応じて負担を求めるというところにある。これであれば、消費税率アップの様に被災者にも負担を求める結果となったり、低所得者層への負担増とはならない。また、新たに国債を発行して将来の世代につけを回す様な事にはせず、また日本の国債の格下げや、金利の上昇、投機筋による国債投売りをもたらす事もなく、財政危機の更なる悪化にもつながらない。
現在の法人税・所得税収入の合計は約 20兆円であるから、仮に10%の復興付加税としても上記の復興費用20兆円のうちの国費負担が10兆円とすれば5年で償還できる範囲である。従来、貯蓄過多で国内での有利な投資機会がなく海外資産投資に振り向けられていた資金が、復興債購入により被災地での生活インフラや住宅インフラに振り向けられれば、これこそが有効需要の創造となって波及的な景気回復につながる道でもある。
まさに政治指導者三流でも日本は経済一流であるので、政治に頼る事なく安心・安全の為の資金は充分手当て可能なのである。
まず「世界一の債権国日本」の説明であるが、極めて常識的な事であって理解し易い。これはちょうど家庭における家計と同じで、急病や事故、災害で急な出費を迫られる時に果たして家庭内にそれだけの緊急出費に耐えられる収入なり貯金なり資産があるのかというのと同じだ。国民経済的な観点から国家の家計を「投資と貯蓄」の面で捉えれば、日本は国内で必要とされる投資をはるかに上回る貯蓄があって、それが現在では海外への投資に振り向けられている。その結果が対外純資産残高という形で日本が世界で第一の債権国(つまり最大の金貸し)になっているのである。また、このストックでの対外純資産が増えるとフローでの所得収支の黒字(利子や配当の受け取りが支払いを上回る)の増加を生み出す結果となり、更に資産が蓄積されていく事になるのである。
この「最大の金貸し」を数式で表そうとすれば、対外純資産残高 = 対外資産残高 – 対外負債残高 となる。つまり「海外の資産額」から「海外からの借金額」を差し引いた差額が「対外純資産残高」となる。具体的な数字としては、昨年 5月の財務省発表による 2009年末の数字で、対外資産554.8兆円 –対外負債 288.6兆円 =対外純資産 266.2兆円となって、日本は世界最大の債権国である。因みに第二位の中国が 167.7兆円、三位のドイツが 118.9兆円である。一方最大の債務国、つまり「世界の借金王」はご存知米国で 314.8兆円の純負債を抱えている。米国は純負債第二位のブラジルをはるかに引き離してダントツの世界一でその額も突出している。その一つの表れが、日本の保有する米国債残高約 8,859億ドル、85円換算で約 75兆円にある。
仮に東日本大震災の復興資金として阪神大震災の復興資金である 10兆円の 2倍の 20兆円がかかるとしても、それだけの資金をカバーするだけの「資産のストック」と「新たなに余剰資金を生み出すフローの力」を日本は充分に抱えているという事だ。今これから復興基金を作って復興債を発行するとなれば、個人向けに発行する復興債と金融市場を通じての復興債の二種類で調達できる。個人向けの復興債では家計部門の金融資産である 1,400兆円の中のたった1%程度を振り向けるだけでも14兆円が賄える筈だ。
問題はこの復興債券の償還財源であるが、元財務官僚の森信茂樹氏が提案しているのがドイツ統一後の旧東独側の復興資金に使われた連帯付加税(Solidaritätszuschlag)方式である。連帯付加税とは 1995年のドイツ統一後に特別に導入された税で法人税・所得税額の 5.5%(当初は 7.5%であった)が付加課税される。ドイツでの法人税の現行基本税率は 15%(実効税率は平均約30%)であるので、これの 5.5%である、0.825%がプラスされるという事だ。
この税方式のメリットは法人税・所得税の税率と体系はそのままにして現行制度を維持しつつ、広く、薄く、国民全体に連帯を求めて、能力に応じて負担を求めるというところにある。これであれば、消費税率アップの様に被災者にも負担を求める結果となったり、低所得者層への負担増とはならない。また、新たに国債を発行して将来の世代につけを回す様な事にはせず、また日本の国債の格下げや、金利の上昇、投機筋による国債投売りをもたらす事もなく、財政危機の更なる悪化にもつながらない。
現在の法人税・所得税収入の合計は約 20兆円であるから、仮に10%の復興付加税としても上記の復興費用20兆円のうちの国費負担が10兆円とすれば5年で償還できる範囲である。従来、貯蓄過多で国内での有利な投資機会がなく海外資産投資に振り向けられていた資金が、復興債購入により被災地での生活インフラや住宅インフラに振り向けられれば、これこそが有効需要の創造となって波及的な景気回復につながる道でもある。
まさに政治指導者三流でも日本は経済一流であるので、政治に頼る事なく安心・安全の為の資金は充分手当て可能なのである。
2011年4月11日月曜日
大阪都構想
今回の統一地方選挙における大阪府議会選挙で大阪維新の会が第一党となり、しかも109議席中の57議席確保で過半数を制した事の意義は大きい。今回の選挙は大震災の一ヵ月後という事と東京都の石原知事四選、更には菅政権の問題もあって相対的に注目度が低くなっていたが、橋下知事にとっては大阪都構想の実現化に向けての大きな一歩だ。
そもそもは橋下知事の支持率と言うのは8割近い高率を維持してきており、大阪府民自身のおよそ半分がこの大阪都構想に賛成しており、反対を大きく引き離している様だ。また、興味深い事に民主党の岡田幹事長がこの構想に対して全く理解を示していないのに対し、自民党の石原幹事長はむしろ積極的に理解を示している事から、菅政権と民主党への不信感と不人気が橋下知事の維新の会躍進に追い風となった。
もともと大阪都構想の基本は (1) 大阪府と大阪市という二重行政の無駄と非効率を解消する (2) 東京都と並ぶ関西圏での行政組織確立で日本全体の活性化を図る、事を目的としてきたが、今回の大震災の教訓から (3) 災害対策としての東京の首都機能分散の必要性、があらたに注目を浴びた形だ。更に、これに先駆けて行われた愛知県知事と名古屋市長、名古屋市議の選挙で河村氏のグループが勝利し躍進した事も大きく後押しをした。
大阪都構想を進める上での橋下知事のリーダーシップと個性はなくてはならないものだ。橋下知事への府民側での高い支持率にも拘らず、公務員層からの支持率は25%と言われており、いかにこの行政改革に対する既成政治勢力や地方官僚機構の抵抗が強いものかが伺われる。しかし、本来保守系である橋下氏自身はかねてから小泉氏を模範とすると述べてきている通り、小泉氏と同様に強靭な抵抗勢力と正面から対峙し、同時に移り気で危うい大衆人気に乗り切る度胸はこの知事には備わっている。
橋下知事の個性はまた、経済界の孫氏、堀江氏、三木谷氏、柳井氏らと同様若手で東京育ちではない非官僚的、非サラリーマン的発想とエネルギーの持主である事、また同時に弁護士としての知識と経験が備わり、テレビ出演を通じての大衆人気を得ているところの三点にある。取り分け大阪という土地柄は庶民性が重んじられる所で、その違いは石原氏と橋下氏の外見や立ち居振るまいからも見て取れる。
橋下氏のもう一つの強みは自らの言葉による情報発信力にある。Internet上では橋下氏に対する誹謗中傷は氾濫しているが、それに対抗する様に橋下氏の Twitterを見ているとまるで機関銃である。Twitterは140文字以内という制限があるので、多くの情報を発信する場合は 140文字内のツイートを連続多発させる事となるが、そのエネルギーが凄い。3/22の同氏のツイートは何と延々43件連続、3/31には 29件連続であったが、その間の日にも断続的に続いた。それでもさすが弁護士なのか、文章が一件ごとにきれいに制限内に収まり、主張が判り易く簡潔に纏まっているところに感心する。
この大阪都構想は決して大阪や関西圏だけの為ではなく、東京の一極集中から来る閉塞感を打破する事の鍵となって沈滞ムードが続く日本全体の活性化につながるものであると確信する。それは何よりも海外に眼を向ければ明らかだ。米国でも欧州各国でも日本の東京の様に何事も首都に一極集中してしまう様な愚かな国家システムにはなっていない。複数の大都市圏があって、独自の産業や文化があり、それらが相互に刺激しあって相乗効果により発展してきている。日本の場合は将来この役割をするのが大阪都であり中京都である。
もとより関西人には人の目を気にしてやたら自粛ムード一色になってしまう様な画一的でサラリーマン的な発想はなく、海外でも例えば米国社会に根をおろして成功している個人事業家には関西出身者が多い。大阪人ではなくとも、海外からであっても、日本全体の活性化の為にも個性派の橋下知事には大いなるエールを送りたい。
そもそもは橋下知事の支持率と言うのは8割近い高率を維持してきており、大阪府民自身のおよそ半分がこの大阪都構想に賛成しており、反対を大きく引き離している様だ。また、興味深い事に民主党の岡田幹事長がこの構想に対して全く理解を示していないのに対し、自民党の石原幹事長はむしろ積極的に理解を示している事から、菅政権と民主党への不信感と不人気が橋下知事の維新の会躍進に追い風となった。
もともと大阪都構想の基本は (1) 大阪府と大阪市という二重行政の無駄と非効率を解消する (2) 東京都と並ぶ関西圏での行政組織確立で日本全体の活性化を図る、事を目的としてきたが、今回の大震災の教訓から (3) 災害対策としての東京の首都機能分散の必要性、があらたに注目を浴びた形だ。更に、これに先駆けて行われた愛知県知事と名古屋市長、名古屋市議の選挙で河村氏のグループが勝利し躍進した事も大きく後押しをした。
大阪都構想を進める上での橋下知事のリーダーシップと個性はなくてはならないものだ。橋下知事への府民側での高い支持率にも拘らず、公務員層からの支持率は25%と言われており、いかにこの行政改革に対する既成政治勢力や地方官僚機構の抵抗が強いものかが伺われる。しかし、本来保守系である橋下氏自身はかねてから小泉氏を模範とすると述べてきている通り、小泉氏と同様に強靭な抵抗勢力と正面から対峙し、同時に移り気で危うい大衆人気に乗り切る度胸はこの知事には備わっている。
橋下知事の個性はまた、経済界の孫氏、堀江氏、三木谷氏、柳井氏らと同様若手で東京育ちではない非官僚的、非サラリーマン的発想とエネルギーの持主である事、また同時に弁護士としての知識と経験が備わり、テレビ出演を通じての大衆人気を得ているところの三点にある。取り分け大阪という土地柄は庶民性が重んじられる所で、その違いは石原氏と橋下氏の外見や立ち居振るまいからも見て取れる。
橋下氏のもう一つの強みは自らの言葉による情報発信力にある。Internet上では橋下氏に対する誹謗中傷は氾濫しているが、それに対抗する様に橋下氏の Twitterを見ているとまるで機関銃である。Twitterは140文字以内という制限があるので、多くの情報を発信する場合は 140文字内のツイートを連続多発させる事となるが、そのエネルギーが凄い。3/22の同氏のツイートは何と延々43件連続、3/31には 29件連続であったが、その間の日にも断続的に続いた。それでもさすが弁護士なのか、文章が一件ごとにきれいに制限内に収まり、主張が判り易く簡潔に纏まっているところに感心する。
この大阪都構想は決して大阪や関西圏だけの為ではなく、東京の一極集中から来る閉塞感を打破する事の鍵となって沈滞ムードが続く日本全体の活性化につながるものであると確信する。それは何よりも海外に眼を向ければ明らかだ。米国でも欧州各国でも日本の東京の様に何事も首都に一極集中してしまう様な愚かな国家システムにはなっていない。複数の大都市圏があって、独自の産業や文化があり、それらが相互に刺激しあって相乗効果により発展してきている。日本の場合は将来この役割をするのが大阪都であり中京都である。
もとより関西人には人の目を気にしてやたら自粛ムード一色になってしまう様な画一的でサラリーマン的な発想はなく、海外でも例えば米国社会に根をおろして成功している個人事業家には関西出身者が多い。大阪人ではなくとも、海外からであっても、日本全体の活性化の為にも個性派の橋下知事には大いなるエールを送りたい。
2011年4月10日日曜日
三流政治指導者と日本経済
4月に入り米国でも暖かくなり天候が安定してくるにつれ、各地でゴルフコンペが開かれる季節だ。今年は米国人でも日本人でも日本の大震災被災者の為のチャリティーを名目にするところが少なからずある様だ。参加費を上げたりして余剰金を全額義援金にまわすというやり方で、これだと寄付する側も集める側も気楽で、目標金額も参加者数で事前にしっかりと計算できる。
さてコンペともなるとゴルフ場はビジネスマンの間ではたちまち情報交換の場所になる。日本人の間での共通の話題は、この震災によっていかに日本の本社や工場が原材料と製品の確保に奔走してきたか、現在もしているかという事だ。震災後一週間は米国の顧客も「お悔やみ」ムード一色であったし、日本中からの緊急在庫をかき集める事で何とか対応したが、二週間目に入ると顧客側ではこれがあせりに変わり、パニックになってきたとの事だ。
トヨタ生産方式、ジャストインタイム、リーンプロダクション、SCM(サプライチェーンマネージメント)といった名称で知られる「在庫の無駄を徹底的に削減する」企業努力が日本からの供給停止で裏目に出たのだ。今回の震災で欧米アジアメーカーでの生産ラインが相当部分ストップしてしまうという事態が世界中で起こり、例えば GMあたりの日頃日本車を目の敵の様にしている様な米国メーカーでも日本製の基幹部品やパーツに完全に依存しきっているのが判ってしまった。また世界中で販売が激増しているスマートフォンもそのほぼ全てに日本メーカー某社の基幹部品が組み込まれているので業界全体で大騒ぎだ。
同時に日本国内では企業本社の東京脱出や機能分散は着々と進行していて、例えば予想通り関西の賃貸オフィスやレンタルオフィスの需要は急増して一部は満杯になってきている様であるし、また外資系企業では既に大阪や名古屋に早々と本社機能の移転してしまった所もある。全てが後手後手の菅政権の対応でそれどころではないとは思うが、政府レベルでの首都機能分散は議論さえも始まっていない。
もう一つの動きは米国の不動産業界である。やはり資産の海外へのリスク分散を考える日本の富裕層向けの動きがある様だ。米国では現在、住宅市況が底と言われ、競売物件が選り取り状態にあり、しかも円高というまたとない投資機会がこのところ続いているのだ。場所によっては新築物件でもその価格がリーマンショック前の1/3というのもあって、例え当面は賃貸にまわす事で有利な資産運用が出来なくとも、取り敢えずは購入手当てをして日本での更なる震災と万一の放射能被曝リスクに備えようという動きだ。
こうなると経済界の動きは素早く、いらいらするほど情けない政治の動きとは全然違う。散々、欧米メディアの不信を買い軽蔑されて来た菅政権と違って、世界の日本の経済界や技術力に対する信頼度と依存度は依然高い。これはあまり公表されていない事実だが米国の防衛産業に於ける日本のハイテク民生部品への依存度もかなり高い。一言で言えば、日本からでしか調達できない最先端の電子部品が入らなければ、戦場では米軍はミサイルを一発も打てず、戦闘機も飛ばせず、空母も航海できないという事も在り得る話だ。
今回の震災では日本の「経済一流、政治三流」を改めて再認識させられた。菅氏に対する米国メディアの酷評の一例であるが事実をうまく伝えている。Granted, Japan’s ethic of uncomplaining perseverance — gaman, in Japanese — may also explain why the country settles for third-rate leaders. つまり、日本人の「我慢の精神」があるからこそ菅氏の様な三流の指導者でも何とかもっているとの的確な指摘だ。いつまで日本人はこの菅氏という「三流指導者」に我慢し続けなければならないのだ。
さてコンペともなるとゴルフ場はビジネスマンの間ではたちまち情報交換の場所になる。日本人の間での共通の話題は、この震災によっていかに日本の本社や工場が原材料と製品の確保に奔走してきたか、現在もしているかという事だ。震災後一週間は米国の顧客も「お悔やみ」ムード一色であったし、日本中からの緊急在庫をかき集める事で何とか対応したが、二週間目に入ると顧客側ではこれがあせりに変わり、パニックになってきたとの事だ。
トヨタ生産方式、ジャストインタイム、リーンプロダクション、SCM(サプライチェーンマネージメント)といった名称で知られる「在庫の無駄を徹底的に削減する」企業努力が日本からの供給停止で裏目に出たのだ。今回の震災で欧米アジアメーカーでの生産ラインが相当部分ストップしてしまうという事態が世界中で起こり、例えば GMあたりの日頃日本車を目の敵の様にしている様な米国メーカーでも日本製の基幹部品やパーツに完全に依存しきっているのが判ってしまった。また世界中で販売が激増しているスマートフォンもそのほぼ全てに日本メーカー某社の基幹部品が組み込まれているので業界全体で大騒ぎだ。
同時に日本国内では企業本社の東京脱出や機能分散は着々と進行していて、例えば予想通り関西の賃貸オフィスやレンタルオフィスの需要は急増して一部は満杯になってきている様であるし、また外資系企業では既に大阪や名古屋に早々と本社機能の移転してしまった所もある。全てが後手後手の菅政権の対応でそれどころではないとは思うが、政府レベルでの首都機能分散は議論さえも始まっていない。
もう一つの動きは米国の不動産業界である。やはり資産の海外へのリスク分散を考える日本の富裕層向けの動きがある様だ。米国では現在、住宅市況が底と言われ、競売物件が選り取り状態にあり、しかも円高というまたとない投資機会がこのところ続いているのだ。場所によっては新築物件でもその価格がリーマンショック前の1/3というのもあって、例え当面は賃貸にまわす事で有利な資産運用が出来なくとも、取り敢えずは購入手当てをして日本での更なる震災と万一の放射能被曝リスクに備えようという動きだ。
こうなると経済界の動きは素早く、いらいらするほど情けない政治の動きとは全然違う。散々、欧米メディアの不信を買い軽蔑されて来た菅政権と違って、世界の日本の経済界や技術力に対する信頼度と依存度は依然高い。これはあまり公表されていない事実だが米国の防衛産業に於ける日本のハイテク民生部品への依存度もかなり高い。一言で言えば、日本からでしか調達できない最先端の電子部品が入らなければ、戦場では米軍はミサイルを一発も打てず、戦闘機も飛ばせず、空母も航海できないという事も在り得る話だ。
今回の震災では日本の「経済一流、政治三流」を改めて再認識させられた。菅氏に対する米国メディアの酷評の一例であるが事実をうまく伝えている。Granted, Japan’s ethic of uncomplaining perseverance — gaman, in Japanese — may also explain why the country settles for third-rate leaders. つまり、日本人の「我慢の精神」があるからこそ菅氏の様な三流の指導者でも何とかもっているとの的確な指摘だ。いつまで日本人はこの菅氏という「三流指導者」に我慢し続けなければならないのだ。
2011年4月7日木曜日
ありえない大連立
菅政権から「救国・復興」の名目での大連立話を持ちかけられて、谷垣総裁が総理・総裁経験者にご意見伺いするという情けない話を聞き、「こりゃ自民党もダメだ」と思った方は少なくないだろう。新聞報道によれば、3/30 森、安倍両氏と個別会談、3/31 福田、麻生両氏と個別会談、4/4 中曽根、河野両氏と個別会談、4/5 海部、小泉両氏と明らかにされているだけでも 8名との個別会談と、あきれるほどご丁寧な気配りだ。一体、こういう方々の意見を聞いてどれだけ役に立つと言うのだ。総裁としての谷垣氏自身の連立に対する考えというのはあるのかないのか全く見えて来ない。いやそもそもこの総裁にはこの国難にあたっても自分の考えなどというものはないのかも知れない。
谷垣氏はこの度重なる会談の前半では言われるままに大連立に傾き、後半ではそれに対して党内若手や世論が騒ぎ出した事もあり、小泉氏という決め手を使って大連立したいなんて言った事はないと否定するという流れだ。もう一度言おう、「ああー情けない」と。サラリーマン社会の大企業でもこういう社内根回し的な事が慣行として行われている所もあるだろう。しかし社長がいちいち社長、会長経験者と軒並みに会ってご意見をお伺いするという様な馬鹿げた事をしていたらたちまち部下から軽蔑され信頼をなくすだろう。
面白い事に谷垣氏は中選挙区時代の1983年旧京都府第二区補選で野中氏と揃って初当選したのが政治家としての出発点だ。その後1993年まで4回の中選挙区衆議院選でこの野中氏と仲良く揃って当選し続けた。もともと革新勢力の強い京都の保革激戦区での初出馬というこの二人を揃って当選させたのは当時の総務局長であった小沢氏であると言われている。小沢氏はこの時の手腕を角栄氏に高く評価されて、その直後の中曽根内閣で初入閣し、角栄氏を後ろ楯にして権力の階段を一気に駆け上っていったのはご存知の通りである。
皮肉な事に今回の大連立工作の裏側ではこの野中氏の動きがあったとの噂が伝えられている。政界を引退した野中氏の主たる役職名は角栄一派の居城とされてきた「砂防会館」こと土改連(全国土地改良事業団体連合会)会長である。この野中氏との長年の確執からか、政権交代後の絶頂期にあった民主党の小沢氏は2010年度の土地改良予算を何と6割も一気にカットしたのだ。以前、自自連立政権樹立の際の官房長官として「悪魔にひれ伏してでも」小沢氏に連立参加をお願いした野中氏は、またしても恥も外聞もなく小沢氏に再考をお願いすべく会見を申し込んだのだが、全くの門前払いに終わった。今や小沢氏抜きの民主党政権に対してこの大連立の口添えをし貸しを作り、何とかこの予算を元に取り戻すのが同氏の使命だと考えられている。
さて大連立とは言えば、有名なのが現在のドイツの大連立政権である。2005年の連邦議会選挙の結果ではCDU/CSU(キリスト教民主・社会同盟)が与党SPD(社会民主党)を破り第一党となったものの獲得議席は226対222の僅差であり、単独過半数には至らなかった。それだけではなく、従来のそれぞれの連立相手であった FDP(自由民主党)や同盟90/緑の党を加えても、双方ともが依然過半数に達しないという全く拮抗した状態になった事がきっかけだ。大連立はこの選挙結果を踏まえて両党が一ヶ月以上かけた交渉の上に成立したやむを得ないものである。総選挙もせずに裏工作で大連立を企てるのとは本質的に違うものだ。
本来、連立というものは仕掛けるものであって、仕掛けられるものではない。仕掛けられるものの運命は自社さ政権の「社&さ」の様に消え去る運命にある。この辺の政治の基本を知ってか知らずか、わざわざ先輩連中にお伺いを立てねばならない総裁であれば、この党への信頼感は大いに揺らぐ。自民党の次世代、若手世代はこぞってこの大連立に異議を唱えている。いかに無能な菅政権の崩壊は近いとは言え、自民党も一気に世代交代をせぬ限り政権返り咲きは遠のくばかりだろう。
谷垣氏はこの度重なる会談の前半では言われるままに大連立に傾き、後半ではそれに対して党内若手や世論が騒ぎ出した事もあり、小泉氏という決め手を使って大連立したいなんて言った事はないと否定するという流れだ。もう一度言おう、「ああー情けない」と。サラリーマン社会の大企業でもこういう社内根回し的な事が慣行として行われている所もあるだろう。しかし社長がいちいち社長、会長経験者と軒並みに会ってご意見をお伺いするという様な馬鹿げた事をしていたらたちまち部下から軽蔑され信頼をなくすだろう。
面白い事に谷垣氏は中選挙区時代の1983年旧京都府第二区補選で野中氏と揃って初当選したのが政治家としての出発点だ。その後1993年まで4回の中選挙区衆議院選でこの野中氏と仲良く揃って当選し続けた。もともと革新勢力の強い京都の保革激戦区での初出馬というこの二人を揃って当選させたのは当時の総務局長であった小沢氏であると言われている。小沢氏はこの時の手腕を角栄氏に高く評価されて、その直後の中曽根内閣で初入閣し、角栄氏を後ろ楯にして権力の階段を一気に駆け上っていったのはご存知の通りである。
皮肉な事に今回の大連立工作の裏側ではこの野中氏の動きがあったとの噂が伝えられている。政界を引退した野中氏の主たる役職名は角栄一派の居城とされてきた「砂防会館」こと土改連(全国土地改良事業団体連合会)会長である。この野中氏との長年の確執からか、政権交代後の絶頂期にあった民主党の小沢氏は2010年度の土地改良予算を何と6割も一気にカットしたのだ。以前、自自連立政権樹立の際の官房長官として「悪魔にひれ伏してでも」小沢氏に連立参加をお願いした野中氏は、またしても恥も外聞もなく小沢氏に再考をお願いすべく会見を申し込んだのだが、全くの門前払いに終わった。今や小沢氏抜きの民主党政権に対してこの大連立の口添えをし貸しを作り、何とかこの予算を元に取り戻すのが同氏の使命だと考えられている。
さて大連立とは言えば、有名なのが現在のドイツの大連立政権である。2005年の連邦議会選挙の結果ではCDU/CSU(キリスト教民主・社会同盟)が与党SPD(社会民主党)を破り第一党となったものの獲得議席は226対222の僅差であり、単独過半数には至らなかった。それだけではなく、従来のそれぞれの連立相手であった FDP(自由民主党)や同盟90/緑の党を加えても、双方ともが依然過半数に達しないという全く拮抗した状態になった事がきっかけだ。大連立はこの選挙結果を踏まえて両党が一ヶ月以上かけた交渉の上に成立したやむを得ないものである。総選挙もせずに裏工作で大連立を企てるのとは本質的に違うものだ。
本来、連立というものは仕掛けるものであって、仕掛けられるものではない。仕掛けられるものの運命は自社さ政権の「社&さ」の様に消え去る運命にある。この辺の政治の基本を知ってか知らずか、わざわざ先輩連中にお伺いを立てねばならない総裁であれば、この党への信頼感は大いに揺らぐ。自民党の次世代、若手世代はこぞってこの大連立に異議を唱えている。いかに無能な菅政権の崩壊は近いとは言え、自民党も一気に世代交代をせぬ限り政権返り咲きは遠のくばかりだろう。
2011年4月6日水曜日
米軍による救援活動
新聞報道によれば、今回の震災救援活動での米軍出動に関し、米国政府はその予算手当を当初の30億円をはるかに上回る2.3倍の68億円に引き上げたと公表したらしい。これは何を意味するかと言えば日本政府への一部負担か、何がしかの資金的な見返りを求めてくるという事だろう。そもそも「give & take」は米国人の本能であり文化だ。一方、「安全と空気はタダ」というのが平和ボケ日本の文化だ。菅政権は請求されれば支払うしかないだろう。米軍側にも言い分がある。外国の軍隊である米軍が日本の災害支援にこれほどまでの大きなプレゼンスでもって救援活動を行うのは「菅政権に自国民を守る確固たる意思と能力と備えがない」からであると。更には「菅政権には危機対応能力が著しく欠如」しており「人道的見地」から、とても黙ってみておれないと言われるだろう。
その通りである。民主党政権の事業仕分けによって、スーパー堤防、原発災害防止調査等々の予算が軒並みカットされてきている事は、公表されている内閣府の事業仕分け結果のリストを見れば一目瞭然である。今はひたすら国民の眼が救援・復興にエネルギーが注がれているので、この問題は追及されていない。しかし、国民の安全と安心を守るのが政治の基本だ。昨日も述べた通り、菅氏が主張してきた様に日本がPKO協力法案を断固阻止して、自衛隊を海外に派遣する事をかたくなに拒んできていたならば、今回の米軍出動の図式は本当に国際的に見て軽蔑の対象どころか笑い話のネタにさえなる。
国民の安心と安全の面で災害救援と同じく重要なのが防衛である。このPKO協力法案に続くのがいわゆる有事法制であった。この「有事法制」に関しては2001年の米国での 9.11テロがきっかけとなり国内でも論議が深まって、2003年の小泉政権時代には自公与党に民主党も加わり圧倒的賛成多数で「武力攻撃事態対処関連3法」が成立した。更には2004年には有事の際の国民保護や米軍への協力などの詳細定めた「有事関連 7法」の成立に至り、ようやくの事ながら日本は普通の国の入口までに何とか至ったのである。思い返せば30年以上前の事ながら、有事に関する職業上の責任からのごくまともな発言でさえ、時の来栖統合幕僚会議議長が罷免されるjなど、長くタブー視されてきた事こそが異常であった。
米国のいわば自己完結型の自国防衛と、NATOという集団的自衛権のもとの西欧諸国の自国防衛が先進国での国際基準でありながら、片務的な(米国は日本を守るが日本は米軍に基地提供と資金を出すだけで米国を守らないという、いわば非対称の疑似双務的)日米安保体制のもとに米軍に守られて一人国際社会で平和ボケをしていたのが日本であったから、この面での小泉政権の功績は大きい。
勿論、日米安保体制は米国の世界的な軍事戦略の一環である事は事実である。しかしその事が理由で日米安保体制が不当なものであるとの意見は成立たない。何故なら日本は非核兵器保有国であり、集団的自衛権さえも事実上認められておらず、日米安保体制がなければとても露中朝の周辺核保有国からの攻撃と威嚇に対抗できないからだ。所詮は軍事同盟などというものはお互いが国防上、利用できるものを利用するというものである。かような米国の世界戦略に巻き込まれたくなければ、自主防衛力を飛躍的に向上し増大させ、核武装論議まで発展させなければならなくなる。その覚悟がさえもなければ、現在の日米安保体制の状態を良しとせざるを得ないのは子供でも判る話だ。
仮に今回、米軍出動の費用負担の面で日米での合意と了解がなされても、依然として米国側が忘れないのは普天間基地移設問題だ。新聞の社説では「約2万人の米軍兵士が参加した今回の大掛かりな救援活動は日本に恩を売る絶好の機会」とオバマ政権に「思惑がなかったわけではないだろう」と、遠慮がちに二重否定で書かれている。新聞は何を遠慮しているのだ。オバマ政権に「思惑はある」と肯定文で書くべきだ。それが国際政治では当たり前の話だからだ。
ルース大使の連日の Twitterでは米軍の支援活動の写真がこれでもかと言わんばかりに多量に紹介され、陸自が(尖閣海保事件の様に)菅政権に規制でもされているのかと思うほど遠慮がちに小出しに自衛隊の写真を公表するのとは対照的だ。極めつけの写真は沖縄の第三海兵師団による「ブーツをグラウンドにおろして」の「可視化された」人海戦術による瓦礫撤去作業である。我々は邪心を忘れ今回の米軍の救援活動には素直に心から感謝すべきであろう。さて、ここまで米軍様に徹底的にご親切にされれば、果たして当事者能力のない菅政権はどうするのか。まさか知らんふりして「逃げ菅」にはなれないだろう。大いに注目したい。
その通りである。民主党政権の事業仕分けによって、スーパー堤防、原発災害防止調査等々の予算が軒並みカットされてきている事は、公表されている内閣府の事業仕分け結果のリストを見れば一目瞭然である。今はひたすら国民の眼が救援・復興にエネルギーが注がれているので、この問題は追及されていない。しかし、国民の安全と安心を守るのが政治の基本だ。昨日も述べた通り、菅氏が主張してきた様に日本がPKO協力法案を断固阻止して、自衛隊を海外に派遣する事をかたくなに拒んできていたならば、今回の米軍出動の図式は本当に国際的に見て軽蔑の対象どころか笑い話のネタにさえなる。
国民の安心と安全の面で災害救援と同じく重要なのが防衛である。このPKO協力法案に続くのがいわゆる有事法制であった。この「有事法制」に関しては2001年の米国での 9.11テロがきっかけとなり国内でも論議が深まって、2003年の小泉政権時代には自公与党に民主党も加わり圧倒的賛成多数で「武力攻撃事態対処関連3法」が成立した。更には2004年には有事の際の国民保護や米軍への協力などの詳細定めた「有事関連 7法」の成立に至り、ようやくの事ながら日本は普通の国の入口までに何とか至ったのである。思い返せば30年以上前の事ながら、有事に関する職業上の責任からのごくまともな発言でさえ、時の来栖統合幕僚会議議長が罷免されるjなど、長くタブー視されてきた事こそが異常であった。
米国のいわば自己完結型の自国防衛と、NATOという集団的自衛権のもとの西欧諸国の自国防衛が先進国での国際基準でありながら、片務的な(米国は日本を守るが日本は米軍に基地提供と資金を出すだけで米国を守らないという、いわば非対称の疑似双務的)日米安保体制のもとに米軍に守られて一人国際社会で平和ボケをしていたのが日本であったから、この面での小泉政権の功績は大きい。
勿論、日米安保体制は米国の世界的な軍事戦略の一環である事は事実である。しかしその事が理由で日米安保体制が不当なものであるとの意見は成立たない。何故なら日本は非核兵器保有国であり、集団的自衛権さえも事実上認められておらず、日米安保体制がなければとても露中朝の周辺核保有国からの攻撃と威嚇に対抗できないからだ。所詮は軍事同盟などというものはお互いが国防上、利用できるものを利用するというものである。かような米国の世界戦略に巻き込まれたくなければ、自主防衛力を飛躍的に向上し増大させ、核武装論議まで発展させなければならなくなる。その覚悟がさえもなければ、現在の日米安保体制の状態を良しとせざるを得ないのは子供でも判る話だ。
仮に今回、米軍出動の費用負担の面で日米での合意と了解がなされても、依然として米国側が忘れないのは普天間基地移設問題だ。新聞の社説では「約2万人の米軍兵士が参加した今回の大掛かりな救援活動は日本に恩を売る絶好の機会」とオバマ政権に「思惑がなかったわけではないだろう」と、遠慮がちに二重否定で書かれている。新聞は何を遠慮しているのだ。オバマ政権に「思惑はある」と肯定文で書くべきだ。それが国際政治では当たり前の話だからだ。
ルース大使の連日の Twitterでは米軍の支援活動の写真がこれでもかと言わんばかりに多量に紹介され、陸自が(尖閣海保事件の様に)菅政権に規制でもされているのかと思うほど遠慮がちに小出しに自衛隊の写真を公表するのとは対照的だ。極めつけの写真は沖縄の第三海兵師団による「ブーツをグラウンドにおろして」の「可視化された」人海戦術による瓦礫撤去作業である。我々は邪心を忘れ今回の米軍の救援活動には素直に心から感謝すべきであろう。さて、ここまで米軍様に徹底的にご親切にされれば、果たして当事者能力のない菅政権はどうするのか。まさか知らんふりして「逃げ菅」にはなれないだろう。大いに注目したい。
2011年4月5日火曜日
変節の季節
有名な映画監督が自分の作品についてニヤリとしながら語った言葉だが「この作品にかける私たちの思いはサヨク(左翼)でもウヨク(右翼)でもありません。ただのシヨク(私欲)です」と。確かに名画というものに少しでも政治理念やどこかの政党の臭いというものが感じられれば、折角の感動が冷めやり、興ざめとなって俳優の演技そのものまでもが胡散臭く見えてくるものだ。この場合の「私欲」というのは単にその作品が金儲けの為だけではなく、出来る限り多くのファンを感動させ、その心をつかみ、支持されるものでありたいという思う映画人としての欲であろう。
同じ様に出来る限り多くの国民に支持されたいと各政党が思うのが政治の世界での選挙である。そこにおいて政党は選挙民に対して「政党の綱領」や「結党の精神」、「政治理念」「具体的政策」を提示して選択肢を明確化しなければならない。また一方の選挙民側では各政党の今までの政策実現の実績等も考慮し、その選択肢と照らし合わせながらどの党に投票するか決めるとなるわけだ。
しかし、現実の政治では過去の政治行動の実績はあまりあてにならない。つまり政権獲得や政権維持の為の「変節」がまかり通っているからだ。しかもごく短期間に時には真逆方向への転換が見られるから選挙民の頭は混乱する。民主党なる「綱領無き政党」がその最たる例だ。変節の例を見つけ出すのには小沢氏、菅氏の事を思えば簡単だ。この二人の間では同じ結果における「変節」でもその種類が違う。小沢氏の変節は権力を得る為の強い「能動的な」変節である一方、菅氏の変節は自己保身の為にやむを得ずズルズルと行う弱い「受動的な」変節である。
菅氏の「受動的変節」の一例を上げよう。1992年のいわゆるPKO国会でのまるで学生運動でもする様に体を張ってPKO協力法案成立阻止をしようとしたのが菅氏である。この菅氏が国会内で衛視に演壇からひき降ろされるまでの様子をニュースで見て憶えておられる方もおられるだろう。もし今現在も菅氏が主張した様に日本がPKO協力の為に自衛隊部隊を海外派兵する事をしないままであったならば、今回の大震災の際に出動した米軍人の心の中はどうであっただろうか。
「一体、こいつら日本人は世界各地で大災害や内乱や戦乱で困っている人達を救う為のPKO活動が必要な時には一切自国の軍隊を派遣せず協力しないクセに、いざ自国が大災害に会った時にだけは助けてくれーだと、ふざけんな!」と思われてもおかしくない。現場で救援活動を行う米軍人とて原発付近での放射性物質被曝のリスクがあるわけであるから、なお更だ。その米軍の同盟国としての役割以上(普天間問題解決の為の give & takeの政治的意図がありありとしていても)の救援活動で菅氏と菅政権は救われているのである。事実、北沢防衛大臣がわざわざ米大使とともに撤収する米空母を航空機で訪問して謝意を表している。
こうなると菅氏が国会で体を張ってまでPKO協力法案を阻止しようとしたその行動に一体いかほどの正当性があると言うのだ。因みにこのPKO協力法案は当時の自民党幹事長である小沢氏が1991年の湾岸戦争勃発を機会に、操り人形の海部内閣と続く宮沢内閣をその豪腕で後ろから強烈に押して国会を通過させ成立させた重要法案だ。同様に「能動的変節」をした現在の小沢氏ではとても考えれない動きだ。
政治の世界では、政治は数合わせ、数合わせは政策「目的」を遂行する為の「手段」と言われている。しかしその今や「手段が目的となっている」ところに「理念なき変節の政治」が続いている。これが混迷する日本政治の根本原因であるのは間違いない。
同じ様に出来る限り多くの国民に支持されたいと各政党が思うのが政治の世界での選挙である。そこにおいて政党は選挙民に対して「政党の綱領」や「結党の精神」、「政治理念」「具体的政策」を提示して選択肢を明確化しなければならない。また一方の選挙民側では各政党の今までの政策実現の実績等も考慮し、その選択肢と照らし合わせながらどの党に投票するか決めるとなるわけだ。
しかし、現実の政治では過去の政治行動の実績はあまりあてにならない。つまり政権獲得や政権維持の為の「変節」がまかり通っているからだ。しかもごく短期間に時には真逆方向への転換が見られるから選挙民の頭は混乱する。民主党なる「綱領無き政党」がその最たる例だ。変節の例を見つけ出すのには小沢氏、菅氏の事を思えば簡単だ。この二人の間では同じ結果における「変節」でもその種類が違う。小沢氏の変節は権力を得る為の強い「能動的な」変節である一方、菅氏の変節は自己保身の為にやむを得ずズルズルと行う弱い「受動的な」変節である。
菅氏の「受動的変節」の一例を上げよう。1992年のいわゆるPKO国会でのまるで学生運動でもする様に体を張ってPKO協力法案成立阻止をしようとしたのが菅氏である。この菅氏が国会内で衛視に演壇からひき降ろされるまでの様子をニュースで見て憶えておられる方もおられるだろう。もし今現在も菅氏が主張した様に日本がPKO協力の為に自衛隊部隊を海外派兵する事をしないままであったならば、今回の大震災の際に出動した米軍人の心の中はどうであっただろうか。
「一体、こいつら日本人は世界各地で大災害や内乱や戦乱で困っている人達を救う為のPKO活動が必要な時には一切自国の軍隊を派遣せず協力しないクセに、いざ自国が大災害に会った時にだけは助けてくれーだと、ふざけんな!」と思われてもおかしくない。現場で救援活動を行う米軍人とて原発付近での放射性物質被曝のリスクがあるわけであるから、なお更だ。その米軍の同盟国としての役割以上(普天間問題解決の為の give & takeの政治的意図がありありとしていても)の救援活動で菅氏と菅政権は救われているのである。事実、北沢防衛大臣がわざわざ米大使とともに撤収する米空母を航空機で訪問して謝意を表している。
こうなると菅氏が国会で体を張ってまでPKO協力法案を阻止しようとしたその行動に一体いかほどの正当性があると言うのだ。因みにこのPKO協力法案は当時の自民党幹事長である小沢氏が1991年の湾岸戦争勃発を機会に、操り人形の海部内閣と続く宮沢内閣をその豪腕で後ろから強烈に押して国会を通過させ成立させた重要法案だ。同様に「能動的変節」をした現在の小沢氏ではとても考えれない動きだ。
政治の世界では、政治は数合わせ、数合わせは政策「目的」を遂行する為の「手段」と言われている。しかしその今や「手段が目的となっている」ところに「理念なき変節の政治」が続いている。これが混迷する日本政治の根本原因であるのは間違いない。
2011年4月4日月曜日
2000年の森政権とは
2000年4月に小渕首相が脳梗塞で倒れた後の森政権誕生までのいきさつは、腐りかかった旧来の自民党的体質の病状が末期症状として一気に吐き出す形となった様に思える。ご存知、「五人組」、青木官房長官、森幹事長、野中幹事長代理、亀井政調会長、村上参議院議員会長の面々による密室協議での森氏選びである。まさに legitimacy(政権担当の正当性)が大いに問われるケースの典型である。
そもそもこの五人組の密室協議以前に、小渕氏が重態の病床で青木氏に「後を頼む」と言ったと伝えられているが、それが果たして本当なのか(例えば第三者が横で聞いていたとか、録音されていたとか)、あるいは仮に本当であっても、いかに臨時首相代理を決めるかといった事についても全く不透明であり定かではない。形式的には官房長官である青木氏が取り敢えず臨時首相となり、その2日後に両院議員総会での総裁選出、国会での首班指名という正式手続が踏まれたが、これらは全て密室協議での筋書き通りである。
小渕政権までの自民党内での権力基盤は言うまでもなく旧田中派(経世会)にあり、党内のかなりの部分を牛耳っていた事から、竹下氏辞任後の海部、宮沢両政権は当時の幹事長であった小沢氏率いる経世会の「操り」であった事は言うまでもない。一方、同じ経世会でも梶山氏は「一六戦争」と言われた「竹下・金丸体制」後の田中派後継争いで、羽田氏を推す(そしてその陰にまわる)小沢氏に対抗して、小渕氏を後継会長に推した派閥内の実力者だ。またこの事が1993年の小沢氏グループの離党、新進党設立、細川政権樹立への鍵となる重要な裏舞台である。いや裏舞台ではなく、むしろこれが1993年の政権交代の本質だ。
しかし、小渕氏が倒れる 2000年4月の時期は同時に、旧田中派内での実力者である竹下氏、梶山氏の重鎮二人があいついで病床に臥し(二人は同年6月のほぼ同時期に亡くなっている)、党内での派閥力学バランスが少し傾きかけていた。これが一方では森氏という清和会(旧福田派)派閥の長の首班への起用であり、同時に野中・青木の小渕派(旧田中派)と亀井・村上の江藤・亀井派との間とも絶妙なバランスが保たれていたと見るべきだろう。もっとも、根底にあるのはひとえに実力派閥の両派にとって森氏が操り易かったからである事も見逃せない。
こういう政界のドス黒さに敏感なのは石原都知事である。森政権発足とほぼ時を同じくして2000年5月には台湾で陳水偏氏が本省人初の総統に選ばれたが、その総統就任式に出席し、翌日テレビ朝日のサンプロに出演した石原都知事が「陳総統の顔は引き締まって良かったですよ。それに比べてあそこに座っておられるお二方(5人組の野中氏と亀井氏)は人相が悪いなー」とズケズケと発言したのを今でも憶えている。亀井氏とは盟友関係にある石原都知事ではあるが、密室協議の本質を見抜いていたのは言うまでもない。
さて、森政権というのはほぼ一年余りの短期間であったが、途中には「加藤の乱」があり、森氏自身の数々の失言や「資質問題」からも支持率が急激に低下して森氏は辞任に追い込まれた。森氏というのは旧来の自民党的なものから生まれた旧自民党的体質を持つ政治家であった。もし自民党がその後の総裁選に勝利する小泉氏により「ぶっ壊されない」旧体制のままであったならば、おそらく解体して一部は小沢氏のグループに吸収されていたやも知れない。
そもそもこの五人組の密室協議以前に、小渕氏が重態の病床で青木氏に「後を頼む」と言ったと伝えられているが、それが果たして本当なのか(例えば第三者が横で聞いていたとか、録音されていたとか)、あるいは仮に本当であっても、いかに臨時首相代理を決めるかといった事についても全く不透明であり定かではない。形式的には官房長官である青木氏が取り敢えず臨時首相となり、その2日後に両院議員総会での総裁選出、国会での首班指名という正式手続が踏まれたが、これらは全て密室協議での筋書き通りである。
小渕政権までの自民党内での権力基盤は言うまでもなく旧田中派(経世会)にあり、党内のかなりの部分を牛耳っていた事から、竹下氏辞任後の海部、宮沢両政権は当時の幹事長であった小沢氏率いる経世会の「操り」であった事は言うまでもない。一方、同じ経世会でも梶山氏は「一六戦争」と言われた「竹下・金丸体制」後の田中派後継争いで、羽田氏を推す(そしてその陰にまわる)小沢氏に対抗して、小渕氏を後継会長に推した派閥内の実力者だ。またこの事が1993年の小沢氏グループの離党、新進党設立、細川政権樹立への鍵となる重要な裏舞台である。いや裏舞台ではなく、むしろこれが1993年の政権交代の本質だ。
しかし、小渕氏が倒れる 2000年4月の時期は同時に、旧田中派内での実力者である竹下氏、梶山氏の重鎮二人があいついで病床に臥し(二人は同年6月のほぼ同時期に亡くなっている)、党内での派閥力学バランスが少し傾きかけていた。これが一方では森氏という清和会(旧福田派)派閥の長の首班への起用であり、同時に野中・青木の小渕派(旧田中派)と亀井・村上の江藤・亀井派との間とも絶妙なバランスが保たれていたと見るべきだろう。もっとも、根底にあるのはひとえに実力派閥の両派にとって森氏が操り易かったからである事も見逃せない。
こういう政界のドス黒さに敏感なのは石原都知事である。森政権発足とほぼ時を同じくして2000年5月には台湾で陳水偏氏が本省人初の総統に選ばれたが、その総統就任式に出席し、翌日テレビ朝日のサンプロに出演した石原都知事が「陳総統の顔は引き締まって良かったですよ。それに比べてあそこに座っておられるお二方(5人組の野中氏と亀井氏)は人相が悪いなー」とズケズケと発言したのを今でも憶えている。亀井氏とは盟友関係にある石原都知事ではあるが、密室協議の本質を見抜いていたのは言うまでもない。
さて、森政権というのはほぼ一年余りの短期間であったが、途中には「加藤の乱」があり、森氏自身の数々の失言や「資質問題」からも支持率が急激に低下して森氏は辞任に追い込まれた。森氏というのは旧来の自民党的なものから生まれた旧自民党的体質を持つ政治家であった。もし自民党がその後の総裁選に勝利する小泉氏により「ぶっ壊されない」旧体制のままであったならば、おそらく解体して一部は小沢氏のグループに吸収されていたやも知れない。
2011年4月3日日曜日
小渕氏という政治家
菅氏への「在日外国人からの不法献金」問題追求のまさにその日、その国会の委員会での質疑中に東日本大震災が起こったのは何か不思議なものを感じざるを得ない。この時の大きな地震の揺れで閣僚席の大臣達が天井を見上げてあわてふためく姿の写真は、迫り来る菅政権の崩壊を暗示するものであり、まるで美術館で見る欧州の絵画の様だ。確かに原発問題、震災復興という重大課題に直面して、最早このまま菅氏が政権維持できないのは明らかだ。そして復興という大義を利用しての自民党との大連立への動きが加速されるのはこれも誰の眼にも明らかとなってきた。
連立というものをあらためて考えて見れば、それは「政権の獲得や安定維持の為には衆参での議決を確実なものとする」必要があって、その事を第一義の目的とするものである。それを考えながら、あの震災発生から何日が経過したのかとカレンダーを見ているとある事に気付いた。今からちょうど11年前の2000年4月2日は政界に大激震が走った日だ。それは当時の小渕首相が脳梗塞で倒れた日である。小渕氏は昏睡状態のままその翌月に還らぬ人となった。今でも憶えておられる方がいると思うが、小渕氏の葬儀の際に葬列の霊柩車が国会前を通過しようとしたまさにその時突然大きな雷鳴が轟き、何とその国会議事堂に落雷したのだ。こんな事が本当にあるのかと恐ろしいものを感じた方も少なくないだろう。小渕氏の無念の怒りであろう。
政治家小渕氏は小沢氏と小泉氏の二人の個性とはまた違った味を持っていた。あの生真面目な顔をして新しい元号を掲げる「平成おじさん」の顔そのものの方だ。小渕氏が脳梗塞で倒れる直前には今も注目のあの方、小沢氏との間で「自由党の自自公連立からの離脱」の話合いがなされていた。そもそも自自公連立政権は、当時自民党が参議院で単独過半数割れをしていた事から、野中幹事長が「悪魔にひれ伏しても」自由党の小沢氏に連立参加をお願いして成立したのがきっかけである。その後小沢氏側から自民党に対し数々の難題がぶつけられ、自民党は対応に苦慮し連立維持を危惧していた。そこで自民党は地域振興券というバラマキを主張する公明党案に賛成する事で公明党を連立に引き込む事に成功して三党連立が成立したものだ。
この自自公連立の安定政権樹立には小渕氏という誠実で真摯な性格のリーダーへの信頼感もさる事ながら、その水面下、舞台裏での野中氏、亀井氏といった自民党内のプロ中のプロの政治力が大いに寄与した事は言うまでもない。こうなれば自自公政権は磐石な安定政権となる。今思い出すだけでも小渕政権は周辺事態法、国旗・国家法、通信傍受法等の成立へと次々と右方向への舵をきって行った、いやきって行けたのである。
しかし、自自公政権の安定状態というものは数の面での弱小政党を率いる小沢氏にとっては政権内での自らの存在を誇示し、主張を押し通すには決して望ましいものではない。それどころか、自由党が存在意義をなくして党の霧散消滅の危機を迎える事さえ危惧されたのである。政治家としての小沢氏の嗅覚はその辺に極めて敏感だ。そこで小沢氏は小渕氏に対し先手を打って連立離脱をちらつかせる事で「自民党と自由党の発展的解消による合併、新党結成」を主張したのだ。さすがの小渕氏も戦後政治を担ってきた自民党という政党を自らの代で消し去る事は受け入れ難いとするのは言うまでもない。結果、捨て身の小沢氏の豪腕に振り回され、連立維持交渉は決裂して、その心労が原因と思われる小渕氏の脳梗塞へとつながって行ったのである。
小渕氏は政治家としては決して雄弁ではなく、またどちらかと言えば「冷えたピザ」や「凡人」と揶揄された様に地味であり、控え目でさえある。それが逆に自民党内の力学にプラスし、公明党との連立工作が成功したとの見方も出来る。しかし、今になって振り返れば、結局は小渕氏という政治家の力量や存在そのものよりも、その連立政権の行く末の政局に差し込んだ小沢氏の大きな蔭の方が意味を持つ。こうした小沢氏の「自民党と対峙する」動きが過去20年の政界に与えた影響力のその大きさをあらためて思い知らされる。
小渕氏の死後は、自民党内の談合により成立した森政権の短期終焉、更にはあの小泉氏の劇的な登場とつながって、小沢氏は2002年の中国に対する「核武装威嚇発言」を最後に一転、民主党との合流への道へと左方向急展開を図るのである。あくまで「政治は実行力とその結果」であるが、こうした言わば「理念なき変節の政治」に振り回される政界の動きに対し、あの小渕氏の葬儀の際の雷鳴落雷や今回の大震災という自然のなすわざは、何か人間を諌め、警告を与えるものの様にも思えてくる。
連立というものをあらためて考えて見れば、それは「政権の獲得や安定維持の為には衆参での議決を確実なものとする」必要があって、その事を第一義の目的とするものである。それを考えながら、あの震災発生から何日が経過したのかとカレンダーを見ているとある事に気付いた。今からちょうど11年前の2000年4月2日は政界に大激震が走った日だ。それは当時の小渕首相が脳梗塞で倒れた日である。小渕氏は昏睡状態のままその翌月に還らぬ人となった。今でも憶えておられる方がいると思うが、小渕氏の葬儀の際に葬列の霊柩車が国会前を通過しようとしたまさにその時突然大きな雷鳴が轟き、何とその国会議事堂に落雷したのだ。こんな事が本当にあるのかと恐ろしいものを感じた方も少なくないだろう。小渕氏の無念の怒りであろう。
政治家小渕氏は小沢氏と小泉氏の二人の個性とはまた違った味を持っていた。あの生真面目な顔をして新しい元号を掲げる「平成おじさん」の顔そのものの方だ。小渕氏が脳梗塞で倒れる直前には今も注目のあの方、小沢氏との間で「自由党の自自公連立からの離脱」の話合いがなされていた。そもそも自自公連立政権は、当時自民党が参議院で単独過半数割れをしていた事から、野中幹事長が「悪魔にひれ伏しても」自由党の小沢氏に連立参加をお願いして成立したのがきっかけである。その後小沢氏側から自民党に対し数々の難題がぶつけられ、自民党は対応に苦慮し連立維持を危惧していた。そこで自民党は地域振興券というバラマキを主張する公明党案に賛成する事で公明党を連立に引き込む事に成功して三党連立が成立したものだ。
この自自公連立の安定政権樹立には小渕氏という誠実で真摯な性格のリーダーへの信頼感もさる事ながら、その水面下、舞台裏での野中氏、亀井氏といった自民党内のプロ中のプロの政治力が大いに寄与した事は言うまでもない。こうなれば自自公政権は磐石な安定政権となる。今思い出すだけでも小渕政権は周辺事態法、国旗・国家法、通信傍受法等の成立へと次々と右方向への舵をきって行った、いやきって行けたのである。
しかし、自自公政権の安定状態というものは数の面での弱小政党を率いる小沢氏にとっては政権内での自らの存在を誇示し、主張を押し通すには決して望ましいものではない。それどころか、自由党が存在意義をなくして党の霧散消滅の危機を迎える事さえ危惧されたのである。政治家としての小沢氏の嗅覚はその辺に極めて敏感だ。そこで小沢氏は小渕氏に対し先手を打って連立離脱をちらつかせる事で「自民党と自由党の発展的解消による合併、新党結成」を主張したのだ。さすがの小渕氏も戦後政治を担ってきた自民党という政党を自らの代で消し去る事は受け入れ難いとするのは言うまでもない。結果、捨て身の小沢氏の豪腕に振り回され、連立維持交渉は決裂して、その心労が原因と思われる小渕氏の脳梗塞へとつながって行ったのである。
小渕氏は政治家としては決して雄弁ではなく、またどちらかと言えば「冷えたピザ」や「凡人」と揶揄された様に地味であり、控え目でさえある。それが逆に自民党内の力学にプラスし、公明党との連立工作が成功したとの見方も出来る。しかし、今になって振り返れば、結局は小渕氏という政治家の力量や存在そのものよりも、その連立政権の行く末の政局に差し込んだ小沢氏の大きな蔭の方が意味を持つ。こうした小沢氏の「自民党と対峙する」動きが過去20年の政界に与えた影響力のその大きさをあらためて思い知らされる。
小渕氏の死後は、自民党内の談合により成立した森政権の短期終焉、更にはあの小泉氏の劇的な登場とつながって、小沢氏は2002年の中国に対する「核武装威嚇発言」を最後に一転、民主党との合流への道へと左方向急展開を図るのである。あくまで「政治は実行力とその結果」であるが、こうした言わば「理念なき変節の政治」に振り回される政界の動きに対し、あの小渕氏の葬儀の際の雷鳴落雷や今回の大震災という自然のなすわざは、何か人間を諌め、警告を与えるものの様にも思えてくる。
2011年4月1日金曜日
小泉氏についてもう少し
ほとんどのブログサイトでは自動的にヒット数の統計がとられていて、日ごと、週ごと、月ごとにグラフ化されて表示されるから一目瞭然だ。当サイトを見る限りヒット数では圧倒的に小泉氏が小沢氏を上回る結果となっている。これがそのままご本人達の間での人気度とは思えないまでも、少なくとも小泉氏は政界を引退しても注目度は依然としてあるのであろう。
数ある著名人のブログの中でも植草一秀氏のブログは、徹底して小泉・竹中路線を厳しく批判している反面、諸手を上げて小沢氏を熱烈支持している論調が興味をひく。植草氏は小泉氏に関してはもう全面否定に近い論調で、あのテレビで見た優しそうなお顔からは想像も出来ないほどの激しいものだ。いわく小泉改革などは、弱肉強食、社会保障カット、米国隷属以外の何者でもないと繰り返されている。植草氏はまた自身の「冤罪」についても無罪を詳しく主張し、また同時に小沢氏秘書の逮捕についても「国策」だとして、同じ次元で捉えている。
この植草氏のブログには各方面の方々の意見へのリンクが貼られていて、それを見ると「アメリカ陰謀説」の著者の方、「日米同盟を怪しむ」元外交官の方、真正保守の評論家の方と、同一方向へのベクトルを感じる。総じてやはり小泉氏=米国の走狗の見方だ。政界を小泉氏、小沢氏で色分けするのは決して正しいとは思わないが、一応頭の中が整理されて判り安いので、後は読者の方々がどう判断されるかと言う事だ。
以前、新聞記者の方が書いた論評か何かの中で、宮沢氏と小泉氏の対比というのがあったが、なるほどというものだった。それによると宮沢氏は頭脳明晰、教養豊か、英語を完璧にこなす紳士であり申し分ないが、政治家として欠落しているのは小泉氏が持つセクシーさだと。つまり宮沢氏にすればそんな下賎なもので勝負しないと言わんばかりに、大衆人気や人間的魅力で小泉氏に負けるという事であろう。
独身時代の小泉氏を知るある女性の方に直接聞いた話なのであるが、若い頃の小泉氏は真面目で誠実そのものの青年で、話をしていても気さくで楽しかったらしい。たまたま二人で食事をする事となった時には、その場所の設定も凝った所であったり、何かを語る表現は印象的でありながら決してきざではなく、今でも忘れられないとすこぶる評判が良い。確かに宮沢氏、小沢氏、小泉氏の三氏が笑い顔をするとなると一番自然なのが小泉氏だろう。宮沢氏は無理しているなと言う感じだし、小沢氏はいつそれが恫喝に変わるのかとやはり少し怖い。オジサン達にしても一緒にお酒を飲むとなると気楽なのは小泉氏なのだろう。
一方では、小泉氏はあの靖国神社参拝の強面イメージを放ち、平均的な米国人がやはり靖国に対して不気味な印象を持ち、また好意を持っているとも思えないので、果たして植草氏の指摘する様にそれほど米国隷属なのかなとも思えて来る。また、繰り返しになるが、自民党幹事長時代の小沢氏とて湾岸戦争突入時のペルシャ湾に史上初となる自衛隊部隊派兵を豪腕でごり押ししようとした(廃案となり後の PKO派遣につながったが)位の「強い対米協調姿勢」を発揮したくらいだから我々素人の頭はますます混乱する。
人間と言うものは果たして小沢氏の様にその基本理念においてそう簡単に変節できるものなのだろうか。それはやはりまるで給与交渉の時に散々わめき散らし敵対心丸出しの米国人社員が翌日は全く知らん顔してフレンドリースマイルして来るという「したたかさ」から来るものなのか、そこが我々素人には依然判らない。菅政権の打ち出した復興構想会議という大義を通じて大連立への動きが加速され、再度の谷垣総裁への「お誘い」が出される見通しが高いらしい。こうなると国民新党が掲げ、民主党と社民党が強く後押しして来た「郵政民営化の見直し」などというsingle issueは理念無き大集合のもとに忘れ去られるものとなるのであろうか。
数ある著名人のブログの中でも植草一秀氏のブログは、徹底して小泉・竹中路線を厳しく批判している反面、諸手を上げて小沢氏を熱烈支持している論調が興味をひく。植草氏は小泉氏に関してはもう全面否定に近い論調で、あのテレビで見た優しそうなお顔からは想像も出来ないほどの激しいものだ。いわく小泉改革などは、弱肉強食、社会保障カット、米国隷属以外の何者でもないと繰り返されている。植草氏はまた自身の「冤罪」についても無罪を詳しく主張し、また同時に小沢氏秘書の逮捕についても「国策」だとして、同じ次元で捉えている。
この植草氏のブログには各方面の方々の意見へのリンクが貼られていて、それを見ると「アメリカ陰謀説」の著者の方、「日米同盟を怪しむ」元外交官の方、真正保守の評論家の方と、同一方向へのベクトルを感じる。総じてやはり小泉氏=米国の走狗の見方だ。政界を小泉氏、小沢氏で色分けするのは決して正しいとは思わないが、一応頭の中が整理されて判り安いので、後は読者の方々がどう判断されるかと言う事だ。
以前、新聞記者の方が書いた論評か何かの中で、宮沢氏と小泉氏の対比というのがあったが、なるほどというものだった。それによると宮沢氏は頭脳明晰、教養豊か、英語を完璧にこなす紳士であり申し分ないが、政治家として欠落しているのは小泉氏が持つセクシーさだと。つまり宮沢氏にすればそんな下賎なもので勝負しないと言わんばかりに、大衆人気や人間的魅力で小泉氏に負けるという事であろう。
独身時代の小泉氏を知るある女性の方に直接聞いた話なのであるが、若い頃の小泉氏は真面目で誠実そのものの青年で、話をしていても気さくで楽しかったらしい。たまたま二人で食事をする事となった時には、その場所の設定も凝った所であったり、何かを語る表現は印象的でありながら決してきざではなく、今でも忘れられないとすこぶる評判が良い。確かに宮沢氏、小沢氏、小泉氏の三氏が笑い顔をするとなると一番自然なのが小泉氏だろう。宮沢氏は無理しているなと言う感じだし、小沢氏はいつそれが恫喝に変わるのかとやはり少し怖い。オジサン達にしても一緒にお酒を飲むとなると気楽なのは小泉氏なのだろう。
一方では、小泉氏はあの靖国神社参拝の強面イメージを放ち、平均的な米国人がやはり靖国に対して不気味な印象を持ち、また好意を持っているとも思えないので、果たして植草氏の指摘する様にそれほど米国隷属なのかなとも思えて来る。また、繰り返しになるが、自民党幹事長時代の小沢氏とて湾岸戦争突入時のペルシャ湾に史上初となる自衛隊部隊派兵を豪腕でごり押ししようとした(廃案となり後の PKO派遣につながったが)位の「強い対米協調姿勢」を発揮したくらいだから我々素人の頭はますます混乱する。
人間と言うものは果たして小沢氏の様にその基本理念においてそう簡単に変節できるものなのだろうか。それはやはりまるで給与交渉の時に散々わめき散らし敵対心丸出しの米国人社員が翌日は全く知らん顔してフレンドリースマイルして来るという「したたかさ」から来るものなのか、そこが我々素人には依然判らない。菅政権の打ち出した復興構想会議という大義を通じて大連立への動きが加速され、再度の谷垣総裁への「お誘い」が出される見通しが高いらしい。こうなると国民新党が掲げ、民主党と社民党が強く後押しして来た「郵政民営化の見直し」などというsingle issueは理念無き大集合のもとに忘れ去られるものとなるのであろうか。
2011年3月30日水曜日
あらためて小泉氏という政治家
小泉氏と小沢氏は宿命の政敵であろう、いや政敵であった。その政治手法は全く違うし、小泉氏にとっては小沢氏がいた角栄王国が構築した仕組や小沢氏の角栄式政治手法はその政治情念をかけた大改革の対象とさえも言えるものだ。しかし一方においては、近年に於いてこの両氏ほど「政治」というものの持つ「危険であやしい権力の魅力」を体験し、また知り尽くしている政治家はいないだろう。
小泉氏と小沢氏の政治手法の大きな違いは、小泉氏が言わば「一匹狼」的存在で、子分は持たず、派閥に依存せず、また政治資金にも「あまり」依存せず、ただただひたすら自ら発する言葉とメディアを通じての大衆人気を武器にして権力を手にしたところにある。しかし、こうした大衆人気と言うのはハヤリの言葉を使えばsustainable(持続可能)ではないゆえに、権力維持は単発的であり、その身の振り方も当然「闇将軍」的存在の小沢氏とは全く違ったものとなる。大方の選挙民というのは選挙行動においては「移り気で、無知で、愚か」でさえあるのは、2000年以上前の都市国家アテネの民主制度から何も変わらない。それを小泉氏も小沢氏も熟知しているのだ。
小泉氏の政治的情念は、田中角栄氏が作り上げた構造の根本改革、即ち「郵政民営化」と「道路公団民営化」への挑戦に注がれた。この「構造改革」とは、塩爺こと塩川元財務大臣がいみじくも述べた「母屋がおかゆすすっているのに離れですき焼きを食っている」と言う表現の通り(母屋=一般会計、離れ=特別会計)、一般会計である国の財政が逼迫している時に、特別会計で大きな無駄遣いをしているという仕組の大改革だ。具体的には、郵貯、簡保、年金を通じて国民から吸い上げた潤沢な資金を、特別会計として国の予算とは別に旧大蔵省が公庫、政府系銀行、特殊法人(道路公団等)に投融資した仕組である。こういう仕組が日本にある事を聞いた司法関係の米国人は腰をぬかさんばかりに驚いた「あり得ない!」と。
この仕組は戦後の日本においては、国民生活の向上とインフラ整備には確かに効率的に機能した。しかし民間企業の活力がついていく中で時代にそぐわなくなり、存在意義がなくなってきた。この仕組はまた、官僚の采配によって投融資が決まるので、あの「かんぽの宿」に象徴される様な無駄使いや資金の流れが出てくるのは言うまでもない。一方、この資金は霞ヶ関の官僚の天下り先にも流れていくものであった為、官僚が抵抗勢力となっていた。従い、小泉氏の持つ強い政治主導がなければ、この改革は出来なかったであろう。
郵政民営化については色々な立場と見方はあるだろう。しかし、あのままの集金組織を維持して、それを集票システムに活用し、更には自民党内での自らの権力基盤の維持に活用してきた田中角栄式政治手法はあきらかに時代にそぐわぬものとなって、あの時点での自民党の致命的な崩壊につながったであろう。その事が自民党総裁自ら「自民党をぶっ壊す」と叫んだ意味だ。あのシステムが角栄派、経世会の党内での権力維持に寄与してきたのは、システム崩壊とともに派閥が解体状態になっている事から明白である。
また民営化によって日本国民が貯蓄した莫大な資金が米国に騙し取られるとのナイーブな意見さえ出てきていたが、これはお笑いものだ。開かれた国際金融社会での恩恵を日本人や日本企業が受けていながら、一方では自らは鎖国状態にするというのは金融の国際化、自由化の時代には最早通用しない。我々個人でも日本企業でも米国や欧州に投資をし、そこで上げた利益を充分吸い上げ持ち帰る事が可能な開かれたシステムだ。この流れに逆らおうとするのは、ちょうど迫り来る列強の前に怯える幕末の攘夷派と同じ感情論である。要はその様な厳しい国際金融競争にも耐えうる様な体力と体質、抵抗力を作っておく方が重要である。
私はこの小泉改革の果たした日本の政治史上での意義はやはり大きかったと思う。と同時に小泉氏の政治家としての見識、情熱、力量を素直に評価したい。勿論、我々には政治の動きの全てを知る事は出来ない。またその水面下の見えない部分は想像すら出来ない事も多い。それがゆえに政治家を評価するにはその政治家個人が果たして「人間として信頼できるかどうか」、これで見極めるしかない場合もある。それを賢明な国民は知っている筈だ。
小泉氏と小沢氏の政治手法の大きな違いは、小泉氏が言わば「一匹狼」的存在で、子分は持たず、派閥に依存せず、また政治資金にも「あまり」依存せず、ただただひたすら自ら発する言葉とメディアを通じての大衆人気を武器にして権力を手にしたところにある。しかし、こうした大衆人気と言うのはハヤリの言葉を使えばsustainable(持続可能)ではないゆえに、権力維持は単発的であり、その身の振り方も当然「闇将軍」的存在の小沢氏とは全く違ったものとなる。大方の選挙民というのは選挙行動においては「移り気で、無知で、愚か」でさえあるのは、2000年以上前の都市国家アテネの民主制度から何も変わらない。それを小泉氏も小沢氏も熟知しているのだ。
小泉氏の政治的情念は、田中角栄氏が作り上げた構造の根本改革、即ち「郵政民営化」と「道路公団民営化」への挑戦に注がれた。この「構造改革」とは、塩爺こと塩川元財務大臣がいみじくも述べた「母屋がおかゆすすっているのに離れですき焼きを食っている」と言う表現の通り(母屋=一般会計、離れ=特別会計)、一般会計である国の財政が逼迫している時に、特別会計で大きな無駄遣いをしているという仕組の大改革だ。具体的には、郵貯、簡保、年金を通じて国民から吸い上げた潤沢な資金を、特別会計として国の予算とは別に旧大蔵省が公庫、政府系銀行、特殊法人(道路公団等)に投融資した仕組である。こういう仕組が日本にある事を聞いた司法関係の米国人は腰をぬかさんばかりに驚いた「あり得ない!」と。
この仕組は戦後の日本においては、国民生活の向上とインフラ整備には確かに効率的に機能した。しかし民間企業の活力がついていく中で時代にそぐわなくなり、存在意義がなくなってきた。この仕組はまた、官僚の采配によって投融資が決まるので、あの「かんぽの宿」に象徴される様な無駄使いや資金の流れが出てくるのは言うまでもない。一方、この資金は霞ヶ関の官僚の天下り先にも流れていくものであった為、官僚が抵抗勢力となっていた。従い、小泉氏の持つ強い政治主導がなければ、この改革は出来なかったであろう。
郵政民営化については色々な立場と見方はあるだろう。しかし、あのままの集金組織を維持して、それを集票システムに活用し、更には自民党内での自らの権力基盤の維持に活用してきた田中角栄式政治手法はあきらかに時代にそぐわぬものとなって、あの時点での自民党の致命的な崩壊につながったであろう。その事が自民党総裁自ら「自民党をぶっ壊す」と叫んだ意味だ。あのシステムが角栄派、経世会の党内での権力維持に寄与してきたのは、システム崩壊とともに派閥が解体状態になっている事から明白である。
また民営化によって日本国民が貯蓄した莫大な資金が米国に騙し取られるとのナイーブな意見さえ出てきていたが、これはお笑いものだ。開かれた国際金融社会での恩恵を日本人や日本企業が受けていながら、一方では自らは鎖国状態にするというのは金融の国際化、自由化の時代には最早通用しない。我々個人でも日本企業でも米国や欧州に投資をし、そこで上げた利益を充分吸い上げ持ち帰る事が可能な開かれたシステムだ。この流れに逆らおうとするのは、ちょうど迫り来る列強の前に怯える幕末の攘夷派と同じ感情論である。要はその様な厳しい国際金融競争にも耐えうる様な体力と体質、抵抗力を作っておく方が重要である。
私はこの小泉改革の果たした日本の政治史上での意義はやはり大きかったと思う。と同時に小泉氏の政治家としての見識、情熱、力量を素直に評価したい。勿論、我々には政治の動きの全てを知る事は出来ない。またその水面下の見えない部分は想像すら出来ない事も多い。それがゆえに政治家を評価するにはその政治家個人が果たして「人間として信頼できるかどうか」、これで見極めるしかない場合もある。それを賢明な国民は知っている筈だ。
2011年3月29日火曜日
あらためて小沢氏という政治家
『小沢党首、核武装可能と中国けん制』〔日本経済新聞〕 2002/4/06
自由党の小沢一郎党首は6日、福岡市内で講演し、軍事力増強を続ける中国を批判して「あまりいい気になると日本人はヒステリーを起こす。核弾頭をつくるのは簡単なんだ。原発でプルトニウムは何千発分もある。本気になれば軍事力では負けない。そうなったらどうするんだ」と述べた。2002年の話とは言え、あの中国様を恫喝するという、今の政界では誰も出来ない何とも勇ましく力強いご発言である。
そう言えば、小沢氏は自由党党首の時にはこういう外交スタンスで政治主張をしていた記憶がある。つい 9年前の事だから、小泉政権の絶頂期に田中真紀子外相を更迭して支持率が少し落ちた頃の話だろう。小沢氏はまた1990年の自民党幹事長時代、湾岸戦争勃発時に自衛隊をペルシャ湾に派遣すべく「操り人形」の海部政権に法案を提出させた。しかし、これは廃案となり国連の元で活動をするPKO法案となって自衛隊の海外派兵への道をつけた。これほどの親米タカ派であったのが今ではとても信じられない。当時、TV朝日のサンプロで田原総一朗氏の質問に「日米安保において米国の兵士が日本を守る為に血を流すならば、逆に日本は米国の為に何もしないで良い、というわけにはいかんでしょう」と述べて、集団的自衛権にまで踏み込む勢いでの積極的な米軍支援を主張した。
その後、小沢氏は1993年の細川政権成立から紆余曲折を経た後、2003年の民主党との合併を経て、2009年の政権交代実現へと大きな政治力を発揮した事は記憶に新しい。政権交代後は一転して、普天間基地移設に関する駐留米軍問題では「日本の防衛には第7艦隊だけで良い」発言もあり、当時の鳩山首相の普天間県外移設、国外移設を後押しした。まあ一言で言えば安保面での180度方向転換であろう。また2009年年末にはすっかり有名となった143名の民主党議員団を引き連れての中国詣を行い、胡錦涛主席と議員一人づつ全員との連続ツーショット記念撮影を実現させるほどの親中ぶりを見せ、更には習近平氏の天皇会見ごり押し問題へと発展させていくのである。まさに小沢氏に向ける胡主席のお顔は「おぬしも悪よのー」だったであろう。
こうした小沢氏の過去の動きを振り返って見れば、現実の政治というものは「理念」というよりも「権力」に重きが置かれるべきものであり、「権力なければ理念の実現は不可能」であるという真実を見せつけられる。即ち、権力を先ず手に入れる為には理念はその時々の政局で猫の目の様に変わってもそれはそれで割切るべきものの様にも思えてくる。
そうなれば、結局は2009年の政権交代というもは1993年の細川政権樹立の時と本質的にそう変わっていない様に思えてくる。その本質とは「小沢氏が主役であり政変の軸」であって、選挙を通じて権力を得る為には「旧社会党系、民社党勢力をどう取り込むか」という事だ。2009年の政変が1993年のものと違うのは、公明党が入っていない事と、抵抗勢力と言われた連中が自民党の主役の座から落とされている事だろう。思い起こせば、その自民党(抵抗勢力が主役の時代の)でさえ、1993年の政変で野党に陥落した後は「社会党」そのものを取り込んで政権を取り返して何とか生き延び様としてきた歴史がある。
さて現在はその小沢氏ナシの言わば「旧社会党系」が主役の中心である民主党政権となっているわけである。政権交代を望んで民主党に投票した人達の一部からすれば「話が違うぞ」との違和感は拭えないだろう。従って、「理念よりも権力」を理解しているオトナの人達からすれば、小沢氏待望論が出てきても不思議ではない。震災復興を論じる先週の朝ナマでは最後に田原総一朗氏はじめ討論参加者の中から「小沢さん早く出てきて東北復興して下さーい」と小沢待望コールさえ出て来ている。もうその雰囲気からは刑事被告人などというタイトルはなきに等しい。
私の立場は小沢氏待望論者でもなく、また頑強に小沢氏を否定するものでもない。ただただ冷静に、冷ややかに、真の日本の再生に果たして「この小沢氏は必要なのかどうか」という一点を見つめるだけである。常に小沢氏の存在は「政治とは何か」を深く考えさせられるものである。
自由党の小沢一郎党首は6日、福岡市内で講演し、軍事力増強を続ける中国を批判して「あまりいい気になると日本人はヒステリーを起こす。核弾頭をつくるのは簡単なんだ。原発でプルトニウムは何千発分もある。本気になれば軍事力では負けない。そうなったらどうするんだ」と述べた。2002年の話とは言え、あの中国様を恫喝するという、今の政界では誰も出来ない何とも勇ましく力強いご発言である。
そう言えば、小沢氏は自由党党首の時にはこういう外交スタンスで政治主張をしていた記憶がある。つい 9年前の事だから、小泉政権の絶頂期に田中真紀子外相を更迭して支持率が少し落ちた頃の話だろう。小沢氏はまた1990年の自民党幹事長時代、湾岸戦争勃発時に自衛隊をペルシャ湾に派遣すべく「操り人形」の海部政権に法案を提出させた。しかし、これは廃案となり国連の元で活動をするPKO法案となって自衛隊の海外派兵への道をつけた。これほどの親米タカ派であったのが今ではとても信じられない。当時、TV朝日のサンプロで田原総一朗氏の質問に「日米安保において米国の兵士が日本を守る為に血を流すならば、逆に日本は米国の為に何もしないで良い、というわけにはいかんでしょう」と述べて、集団的自衛権にまで踏み込む勢いでの積極的な米軍支援を主張した。
その後、小沢氏は1993年の細川政権成立から紆余曲折を経た後、2003年の民主党との合併を経て、2009年の政権交代実現へと大きな政治力を発揮した事は記憶に新しい。政権交代後は一転して、普天間基地移設に関する駐留米軍問題では「日本の防衛には第7艦隊だけで良い」発言もあり、当時の鳩山首相の普天間県外移設、国外移設を後押しした。まあ一言で言えば安保面での180度方向転換であろう。また2009年年末にはすっかり有名となった143名の民主党議員団を引き連れての中国詣を行い、胡錦涛主席と議員一人づつ全員との連続ツーショット記念撮影を実現させるほどの親中ぶりを見せ、更には習近平氏の天皇会見ごり押し問題へと発展させていくのである。まさに小沢氏に向ける胡主席のお顔は「おぬしも悪よのー」だったであろう。
こうした小沢氏の過去の動きを振り返って見れば、現実の政治というものは「理念」というよりも「権力」に重きが置かれるべきものであり、「権力なければ理念の実現は不可能」であるという真実を見せつけられる。即ち、権力を先ず手に入れる為には理念はその時々の政局で猫の目の様に変わってもそれはそれで割切るべきものの様にも思えてくる。
そうなれば、結局は2009年の政権交代というもは1993年の細川政権樹立の時と本質的にそう変わっていない様に思えてくる。その本質とは「小沢氏が主役であり政変の軸」であって、選挙を通じて権力を得る為には「旧社会党系、民社党勢力をどう取り込むか」という事だ。2009年の政変が1993年のものと違うのは、公明党が入っていない事と、抵抗勢力と言われた連中が自民党の主役の座から落とされている事だろう。思い起こせば、その自民党(抵抗勢力が主役の時代の)でさえ、1993年の政変で野党に陥落した後は「社会党」そのものを取り込んで政権を取り返して何とか生き延び様としてきた歴史がある。
さて現在はその小沢氏ナシの言わば「旧社会党系」が主役の中心である民主党政権となっているわけである。政権交代を望んで民主党に投票した人達の一部からすれば「話が違うぞ」との違和感は拭えないだろう。従って、「理念よりも権力」を理解しているオトナの人達からすれば、小沢氏待望論が出てきても不思議ではない。震災復興を論じる先週の朝ナマでは最後に田原総一朗氏はじめ討論参加者の中から「小沢さん早く出てきて東北復興して下さーい」と小沢待望コールさえ出て来ている。もうその雰囲気からは刑事被告人などというタイトルはなきに等しい。
私の立場は小沢氏待望論者でもなく、また頑強に小沢氏を否定するものでもない。ただただ冷静に、冷ややかに、真の日本の再生に果たして「この小沢氏は必要なのかどうか」という一点を見つめるだけである。常に小沢氏の存在は「政治とは何か」を深く考えさせられるものである。
2011年3月28日月曜日
無防備な国、日本
香港で最大発行部数をほこる繁体字(従来の漢字)中国語の「東方日報」の社説である。
中國在日本國難之時出兵釣魚島
http://orientaldaily.on.cc/cnt/china_world/20110319/00182_001.html
普通の日本人には、中国語が判らなくともこの意味は一目瞭然だ。「中国は日本が国難にある時にこそ尖閣諸島に出兵を」と言う意味だ。中国人はこういう事でも躊躇なくやらねばとても生き残れないという厳しい現実の世界に常に直面してきていたのだから、別段驚く事ではない。河野太郎氏のブログで自衛隊の災害支援出動部隊名が全て記載されていたが、海上自衛隊の艦船の相当部分が東北沖にはりついていれば自ずと尖閣付近の防衛は手薄となるのは子供でも判る話だ。戦後の武装解除後のドサクサに北方領土を占領したソ連、ポルトガルからの独立運動の騒乱を機に東ティモールに侵攻したインドネシア軍、相手の危機に乗じて領土に攻め込むのはいつの世も常套手段である。
いや、尖閣の防衛だけではない。今回の大震災で日本の国防上の弱点が脆くも露呈してしまった。実際に日本に陸軍部隊を投入せずとも、一発の核弾頭あるいは核テロなどで東京都心に高濃度放射性物質を飛散させれば日本全体は直ちに機能マヒとなってしまう事があらためて判ってしまったからだ。
1964年に大ヒットした映画「007ゴールドフィンガー」では米国の保有する大量の金塊を放射能で汚染させ半永久的に使えなくしてしまうというストーリーがあったが、現代はそんな面倒な事をせずとも、証券・金融取引を一括で管理、制御するシステム(そんなもの実際にがあるかどうかは知らないが)が高濃度の放射性物質で汚染されてしまえば、即座に日本経済はマヒしてしまい、日本国内のみならず海外との取引も不可能となってしまうだろう。みずほ銀行の ATMシステムが東北地方の災害救援の義援金振込みラッシュだけで、平時においても数日間トラブルを起こし日本国内のみならず海外取引にも使用不可となってしまったのがこういったシステムの脆弱性の表れだ。この銀行は三菱東京UFJと三井住友に比べ、システムに関するリスク分散には全く無防備であった事が判った。
原発事故での放射性物質の拡散被害が本当に首都圏まで及ぶという深刻な事態ともなれば自分の身だけは海外へ逃避させるという事は可能であろう。しかし、こういった金融システムまでもが放射能汚染によって長期間機能マヒともなれば、金融資産の現金化や海外への送金も不可能なものとなってしまい、海外での当座の生活資金さえ手当てがつかなくなってしまうのである。こうしたまさに最悪の事態が富裕層の人達の頭によぎらなかったと言えばウソであろう。そうなれば残るは自らの資産の海外へのリスク分散を図らねばならないという事になるが、それも日本の金融機関を通じての海外資産購入では結果は同じである。自らが事前に海外に出向いて、しかるべき購入手続を現地で行っておく必要が出て来る。
その点、米国では2008年のリーマンショック以降不動産は急落して現在の価格水準は底であると言われているから、ドル安、市場価格安のまたとないチャンスではある。また米国なら不動産の流通市場も発達していて、換金化が必要な時は比較的簡単に行える。首都機能分散の分散先は日本国内に限定されているが、個人資産のリスク分散先は今回の事例を教訓にするならば海外という事になろう。
と、ここまで書けば、あいつは米国の不動産業者のまわしものか、あるいは外資系投資信託会社のまわしものかと疑われるであろう。勿論、私自身は米国への分散投資を勧めも、否定もしない。しかし、今回を教訓にこういった事までのリスク対策の検討すらしないのはあまりにも無防備で危ない。常に起こりうるであろう最悪の事態を念頭において冷静にリスク分析を行う事は、いたずらに周辺に危機感をあおり、不安感を増大させる事ではない。検討した結果をどう判断し、実行するかしないかは100%個人の自己責任においてである。
そういえば早速商魂たくましい米国人不動産業者から被災支援の呼びかけと同時にちゃっかりと日本人を対象とする不動産の売込みを行うというメールが入っていた。なんとも米国的だ。
中國在日本國難之時出兵釣魚島
http://orientaldaily.on.cc/cnt/china_world/20110319/00182_001.html
普通の日本人には、中国語が判らなくともこの意味は一目瞭然だ。「中国は日本が国難にある時にこそ尖閣諸島に出兵を」と言う意味だ。中国人はこういう事でも躊躇なくやらねばとても生き残れないという厳しい現実の世界に常に直面してきていたのだから、別段驚く事ではない。河野太郎氏のブログで自衛隊の災害支援出動部隊名が全て記載されていたが、海上自衛隊の艦船の相当部分が東北沖にはりついていれば自ずと尖閣付近の防衛は手薄となるのは子供でも判る話だ。戦後の武装解除後のドサクサに北方領土を占領したソ連、ポルトガルからの独立運動の騒乱を機に東ティモールに侵攻したインドネシア軍、相手の危機に乗じて領土に攻め込むのはいつの世も常套手段である。
いや、尖閣の防衛だけではない。今回の大震災で日本の国防上の弱点が脆くも露呈してしまった。実際に日本に陸軍部隊を投入せずとも、一発の核弾頭あるいは核テロなどで東京都心に高濃度放射性物質を飛散させれば日本全体は直ちに機能マヒとなってしまう事があらためて判ってしまったからだ。
1964年に大ヒットした映画「007ゴールドフィンガー」では米国の保有する大量の金塊を放射能で汚染させ半永久的に使えなくしてしまうというストーリーがあったが、現代はそんな面倒な事をせずとも、証券・金融取引を一括で管理、制御するシステム(そんなもの実際にがあるかどうかは知らないが)が高濃度の放射性物質で汚染されてしまえば、即座に日本経済はマヒしてしまい、日本国内のみならず海外との取引も不可能となってしまうだろう。みずほ銀行の ATMシステムが東北地方の災害救援の義援金振込みラッシュだけで、平時においても数日間トラブルを起こし日本国内のみならず海外取引にも使用不可となってしまったのがこういったシステムの脆弱性の表れだ。この銀行は三菱東京UFJと三井住友に比べ、システムに関するリスク分散には全く無防備であった事が判った。
原発事故での放射性物質の拡散被害が本当に首都圏まで及ぶという深刻な事態ともなれば自分の身だけは海外へ逃避させるという事は可能であろう。しかし、こういった金融システムまでもが放射能汚染によって長期間機能マヒともなれば、金融資産の現金化や海外への送金も不可能なものとなってしまい、海外での当座の生活資金さえ手当てがつかなくなってしまうのである。こうしたまさに最悪の事態が富裕層の人達の頭によぎらなかったと言えばウソであろう。そうなれば残るは自らの資産の海外へのリスク分散を図らねばならないという事になるが、それも日本の金融機関を通じての海外資産購入では結果は同じである。自らが事前に海外に出向いて、しかるべき購入手続を現地で行っておく必要が出て来る。
その点、米国では2008年のリーマンショック以降不動産は急落して現在の価格水準は底であると言われているから、ドル安、市場価格安のまたとないチャンスではある。また米国なら不動産の流通市場も発達していて、換金化が必要な時は比較的簡単に行える。首都機能分散の分散先は日本国内に限定されているが、個人資産のリスク分散先は今回の事例を教訓にするならば海外という事になろう。
と、ここまで書けば、あいつは米国の不動産業者のまわしものか、あるいは外資系投資信託会社のまわしものかと疑われるであろう。勿論、私自身は米国への分散投資を勧めも、否定もしない。しかし、今回を教訓にこういった事までのリスク対策の検討すらしないのはあまりにも無防備で危ない。常に起こりうるであろう最悪の事態を念頭において冷静にリスク分析を行う事は、いたずらに周辺に危機感をあおり、不安感を増大させる事ではない。検討した結果をどう判断し、実行するかしないかは100%個人の自己責任においてである。
そういえば早速商魂たくましい米国人不動産業者から被災支援の呼びかけと同時にちゃっかりと日本人を対象とする不動産の売込みを行うというメールが入っていた。なんとも米国的だ。
2011年3月25日金曜日
首都機能分散
海外でも例えば俗に言う、ニューヨーク、パリ、ロンドンと言った大都会に物事が集中している例はあるが、それでも東京ほど過密ではない。特に米国は国土が日本の約25倍あり、カリフォルニア州一つだけでも日本よりも大きい面積である。従い人口密度をざっと計算してみても国全体平均では約10倍(人口は約3億人と 1.2億人で2.5倍)となってしまう。これに更に東京への過度集中という事を考えれば、実際の皮膚感覚的なものでの東京の密度比較は50倍くらいになるのではないだろうか。またドイツでは首都ベルリン以外ではハンブルグ、ハノーヴァー、ケルン・ボン、フランクフルト、シュトットガルト、ミュンヘンがそれぞれが計算された様に約200km程度の距離に適度に分散されていて各都市での過密感は差ほどない。欧米人がビジネス出張で東京に行くとなれば(1) 満員電車 (2) 背広&タイ、更に夏場は (3) 湿気の「三重苦」を覚悟しなければならないとうのは笑い話ではない。
さて、今回の教訓を活かして国家レベルでの災害リスクの分散を考えればそれは即ち「首都機能の分散」につながり、具体的には「大阪の副首都化、第二首都化」が喫緊の課題となるだろう。更には夏場、いや相当期間の東京首都圏の電力不足により計画停電も予想される。これを機に橋下知事が提唱してきている「大阪市の府への統合による大阪都構想」や「伊丹空港廃止跡地への第二霞ヶ関誘致」がにわかに現実味を帯びてきた。候補先の面での第三の都市名古屋は近くに危ういとされる静岡の浜岡原発がある事と、東海、東南海地震の事を考えれば大阪には分が悪い。しかし、それを打ち消す様な勢いの河村・木村両氏による地方政治の変化もある。何しろ東京首都圏で (1) 大地震 (2) テロ (3) 疫病 が一旦発生すれば、たちまち日本全体がマヒしてしまう事につながり、国防上も軍事攻撃の目標として弱点をさらけ出している点で極めて危険だ。
一方、外国人と東京人からの目でみれば、大阪を含む関西というのは様々な魅力がある。一つは食物であり、肉類も魚類もその素材の味は圧倒的に関西の方が上質だ。また海と山に挟まれた阪神間の空気や水道水の味も一呼吸、一口で東京都心とのその違いが判る。第二は伝統文化であるが、京都奈良の歴史文化遺産、これはもう圧倒的だ。第三に大阪は過密だがその度合は東京ほどではなく京都と神戸との適度の分散で比較的効率的だ。第四に関西各都市はミニ東京にはならないアンチ東京の独自の個性があり、お笑いに象徴されるサブカルチュアもその一例だ。第五に関西空港は成田空港に比べる中心地へのアクセスがより近く、イタリア人デザインによると言われる空港建屋自体の空間の広がりと建築センスは羽田成田を上回る。後は大阪も東京の様に公共交通機関におけるマナーがより整然となる事を望むくらいだ。
これらの面からか、欧米企業でも例えばドイツのバイエルや米国の P&Gといった大企業は関西に拠点を置いている。良く聞けばどうやら日本に派遣されて来る欧米人幹部には関西圏、特に阪神間の方が首都圏より自然があって暮らし安いというのが本音の理由らしい。
東京一極集中は戦後日本の経済効率と画一性の重視がもたらした弊害であろう。仮に石原知事が再選されれば「東京の我欲」を捨て、橋下、河村両氏と協調して首都機能分散と地方分権化に協力してもらいたいものだ。更に何よりも大事な事は国政の強力なリーダーシップだ。「ズル菅」「逃げ菅」「隠れ菅」ではとてもその重責が担えない事が今回完全に露呈した。今回の大震災を教訓に欧米人の目から見ても異常なこの東京一極集中が大きく緩和され、政治の正常化によりまともな国日本に再生される良い機会が来ていると前向きに考えたい。
追記: 3/26早朝のテレ朝「朝ナマ」にて大塚耕平厚生副大臣が「政府として首都機能分散の検討をする」と明言。
2011年3月22日火曜日
あらためてTwitter
今回の大災害ではTwitterの果たす「緊急時における情報伝達機能」の役割が極めて大きい事が見事に証明された。その「速報性」「拡散性」は言うまでもなくその「信頼性」までにおいて新聞雑誌テレビの既製メディアをはるかに上回ったのである。Twitterは信頼できる人間をフォローしている限り、それは「助け合いと善意」の社会であり、ほとんど誹謗中傷とかデマのない「荒れない」世界なのだ。これをホリエモン(堀江貴文)氏は以前Twitterに関する対談の中で「Social Filtering」という言葉を使って説明していた事がある。要は多数の情報が氾濫する中で Twitterで誰をフォローするかによってその得られる情報の質が大きく変わって来るという事である。
Twitterに日頃親しんでおられない方には中々実感頂けないと思うが、要はTwitterというのは 140字以内で意味の無いつぶやきをするのみではなく、優良、有益な情報が詳しく記載された サイトへの「素早い誘導」をする役割を持っているのだ。例えばこういう風にだ。「福島原発問題に関してたった今行われた英国大使館と本国政府間の電話での意見交換の結果は英国大使館のサイトで。http://ukinjapan.fco.gov.uk」という具合に。これを会談に参加した当事者が緊急性の面から(おそらく東京を脱出すべきかどうか問合せてくる在京の英国人への連絡を主眼として)メディアに流す前にTwitterでその場でつぶやくので、日頃フォローしている人からTwitter人気ランキング上位のホリエモン氏や勝間和代氏といった信頼できるソースを通じてたちまち百万人単位に拡散されたのである。因みに堀江氏、勝間氏のフォロワーはそれぞれ約 65万人と約 50万人であり、通常Twitterをやる人は両方同時にフォローしている。
この情報拡散過程において誰がそれをやろうと、行き着く情報ソースであるサイトが英国大使館(しかも英国政府科学技術顧問トップの意見)ともなれば疑う余地のない「信頼性」ともなる。これに対し、一方の大手メディアの産経新聞号外や雑誌AERAはデマとも思える様な号外や見出しでひたすら危機感と不安感をあおり国民を混乱させた。雑誌AERAに対しても Twitter上で即座に批判と注意が伝達されたのである。ここではホリエモンは「終わってる」と一言ツイートしたのが印象的だ。彼は文学部出身らしいが、「終わった」というのは「皆それなりに大丈夫という正しい情報を得ている」から、「その件は終わっている」というのと同時に、「既製メディアそのものもデマまで流したらこれで終わりだ」と表現しているのである。おそらくは一連の既製メディアの刺激的な見出しや表紙は、国民から相手にされなくなって存亡の危機にあるあせりから来るものであろう。このあせりは今回新聞がこの Twitterを活用して何とかTwitterと相互補完しながらも生き延びようとしている事からもうかがえる。
更に大きいのは政府機関の動きだ。今回政府官邸側は震災発生当初から自由報道協会の上杉隆氏らから「政府発表にTwitterも使う様」要請されていたにも拘わらず、官邸は全く無視と拒否をしていた。しかし、原発情勢が深刻化する中で3日後になって急遽官邸のアカウントを開設しTwitterを通じて政府発表を流しだしたのだ。これによって海外から異常とも思われている海外メディア、フリーメディアを一切排除した排他的記者クラブ制度も揺らぎだした。
今回不思議に思ったのは米軍の活動を伝える写真は大量に、それこそルース米国大使のツイートを通じて紹介されるのに対し、肝心の自衛隊員の活躍の様子はほとんど既製メディアからは伝わって来ず写真を目にする事がなかった事だ。例の尖閣問題での海上保安庁のビデオ流出でこりた官邸が極端に規制しているからだろう。しかし陸自は負けていない。周辺のアドバイスを受けて、先日陸自のTwitterアカウントを開設して、一般の写真投稿サイトを使って独自に自衛隊員の活動写真を紹介しだした。これを Twitterで知った国民は「待ってました」とばかりに飛びつき開設3日目で何と10万人近いフォロワーを獲得している。陸自幹部の「武断」を大いに評価したい。
Internetが世界を変えた。その Internetを通じる Twitterがその変化を更に具現化した。まさにホリエモン氏がそう予言した通りになってきた。次に起こる事は何か。それがそろそろ判ってきた。
Twitterに日頃親しんでおられない方には中々実感頂けないと思うが、要はTwitterというのは 140字以内で意味の無いつぶやきをするのみではなく、優良、有益な情報が詳しく記載された サイトへの「素早い誘導」をする役割を持っているのだ。例えばこういう風にだ。「福島原発問題に関してたった今行われた英国大使館と本国政府間の電話での意見交換の結果は英国大使館のサイトで。http://ukinjapan.fco.gov.uk」という具合に。これを会談に参加した当事者が緊急性の面から(おそらく東京を脱出すべきかどうか問合せてくる在京の英国人への連絡を主眼として)メディアに流す前にTwitterでその場でつぶやくので、日頃フォローしている人からTwitter人気ランキング上位のホリエモン氏や勝間和代氏といった信頼できるソースを通じてたちまち百万人単位に拡散されたのである。因みに堀江氏、勝間氏のフォロワーはそれぞれ約 65万人と約 50万人であり、通常Twitterをやる人は両方同時にフォローしている。
この情報拡散過程において誰がそれをやろうと、行き着く情報ソースであるサイトが英国大使館(しかも英国政府科学技術顧問トップの意見)ともなれば疑う余地のない「信頼性」ともなる。これに対し、一方の大手メディアの産経新聞号外や雑誌AERAはデマとも思える様な号外や見出しでひたすら危機感と不安感をあおり国民を混乱させた。雑誌AERAに対しても Twitter上で即座に批判と注意が伝達されたのである。ここではホリエモンは「終わってる」と一言ツイートしたのが印象的だ。彼は文学部出身らしいが、「終わった」というのは「皆それなりに大丈夫という正しい情報を得ている」から、「その件は終わっている」というのと同時に、「既製メディアそのものもデマまで流したらこれで終わりだ」と表現しているのである。おそらくは一連の既製メディアの刺激的な見出しや表紙は、国民から相手にされなくなって存亡の危機にあるあせりから来るものであろう。このあせりは今回新聞がこの Twitterを活用して何とかTwitterと相互補完しながらも生き延びようとしている事からもうかがえる。
更に大きいのは政府機関の動きだ。今回政府官邸側は震災発生当初から自由報道協会の上杉隆氏らから「政府発表にTwitterも使う様」要請されていたにも拘わらず、官邸は全く無視と拒否をしていた。しかし、原発情勢が深刻化する中で3日後になって急遽官邸のアカウントを開設しTwitterを通じて政府発表を流しだしたのだ。これによって海外から異常とも思われている海外メディア、フリーメディアを一切排除した排他的記者クラブ制度も揺らぎだした。
今回不思議に思ったのは米軍の活動を伝える写真は大量に、それこそルース米国大使のツイートを通じて紹介されるのに対し、肝心の自衛隊員の活躍の様子はほとんど既製メディアからは伝わって来ず写真を目にする事がなかった事だ。例の尖閣問題での海上保安庁のビデオ流出でこりた官邸が極端に規制しているからだろう。しかし陸自は負けていない。周辺のアドバイスを受けて、先日陸自のTwitterアカウントを開設して、一般の写真投稿サイトを使って独自に自衛隊員の活動写真を紹介しだした。これを Twitterで知った国民は「待ってました」とばかりに飛びつき開設3日目で何と10万人近いフォロワーを獲得している。陸自幹部の「武断」を大いに評価したい。
Internetが世界を変えた。その Internetを通じる Twitterがその変化を更に具現化した。まさにホリエモン氏がそう予言した通りになってきた。次に起こる事は何か。それがそろそろ判ってきた。
2011年3月20日日曜日
無血開城
早々と「菅氏は官邸を谷垣氏に明け渡せ」との「平成無血開城」論が出だした。また一方では「平時の民主、有事の自民」なる言葉も出回り、まあ半分冗談かとも思える話であるが笑えないほどの真実味がある。そもそもは民主党政権の構造が、「小沢・鳩山の旧自民党体質金権型」 + 「菅・仙石の旧反体制運動型」の集合体であっただけの話であり、現実性のない「バラマキマニュフェスト」と「政権交代」というイメージで多くの国民が騙されたという話である。つまり本来は「平時の民主」でも大きな問題であったのである。
今回の地震・津波・原発の災害において初動対応や情報開示で大きなミスを重ねた民主党政権の幹部に何とも不安を感じ、また違和感を感じている国民は多いであろう。それはこの「国家的危機」の対応に相応しくない「反国家」運動を政治活動の原点とする人間が政権の中枢を担っている事にある。この違和感というものは既に今回の災害前から醸成されてきた。まずは「普天間基地移設問題」、続く「尖閣諸島問題」、「北方領土問題」の度重なる失策、そして災害直前の「土肥議員の竹島放棄サイン問題」更には「前原、菅両氏の在日外国人からの不法献金問題」の露呈と続いてきていたからである。
今回の大災害では、その政府の中枢を担う人達が、つい最近まで徹底して存在そのものを否定し批判してきた自衛隊と在日米軍に大きく救われてきているのが何とも「イソップの童話」的で皮肉な話だ。勿論、災害対応への献身的な努力は自衛隊と米軍だけのものではなく、自治体、地元住民、警察、消防、海上保安庁、一般国民にもよるものであるのは言うまでもないが。その菅総理が防衛大学の卒業式で「自衛隊員を誇りに思う」と述べたというのがこの大いなる矛盾と欺瞞の極まりの頂点だ。まさに「暴力装置養成機関」と思われて来た大学の学生達にとっては「あなただけには言われたくない」の一言だろう。
「国民」と言わず「市民」と言い続けて「国家」を否定してきた市民運動家であり、1999年の国旗・国家法案採決の際、民主党内の自主投票でも反対票を投じた菅・枝野両氏にこの危機に際した「国家」を担う資格はない。この問題に関して反対票を投じた理由を聞かれた菅氏の国会答弁は「国歌は何かもっと元気なものの方が良いと思った」とこじつけとも思われる苦笑まじりのものであった映像が印象的だ。菅氏は「反国家」の立場を貫き、君が代を「音楽的」にではなく、自らの信念であった「政治的」に否定するなら堂々とそう言えば良いではないか。それであればそれで筋が通っている。この答弁こそにこの男の姑息で品性下劣なところが如実に現れている。こういう男がリーダである政党を愚かにも国民は選挙で選んだのである。
今回の地震・津波・原発の災害において初動対応や情報開示で大きなミスを重ねた民主党政権の幹部に何とも不安を感じ、また違和感を感じている国民は多いであろう。それはこの「国家的危機」の対応に相応しくない「反国家」運動を政治活動の原点とする人間が政権の中枢を担っている事にある。この違和感というものは既に今回の災害前から醸成されてきた。まずは「普天間基地移設問題」、続く「尖閣諸島問題」、「北方領土問題」の度重なる失策、そして災害直前の「土肥議員の竹島放棄サイン問題」更には「前原、菅両氏の在日外国人からの不法献金問題」の露呈と続いてきていたからである。
今回の大災害では、その政府の中枢を担う人達が、つい最近まで徹底して存在そのものを否定し批判してきた自衛隊と在日米軍に大きく救われてきているのが何とも「イソップの童話」的で皮肉な話だ。勿論、災害対応への献身的な努力は自衛隊と米軍だけのものではなく、自治体、地元住民、警察、消防、海上保安庁、一般国民にもよるものであるのは言うまでもないが。その菅総理が防衛大学の卒業式で「自衛隊員を誇りに思う」と述べたというのがこの大いなる矛盾と欺瞞の極まりの頂点だ。まさに「暴力装置養成機関」と思われて来た大学の学生達にとっては「あなただけには言われたくない」の一言だろう。
「国民」と言わず「市民」と言い続けて「国家」を否定してきた市民運動家であり、1999年の国旗・国家法案採決の際、民主党内の自主投票でも反対票を投じた菅・枝野両氏にこの危機に際した「国家」を担う資格はない。この問題に関して反対票を投じた理由を聞かれた菅氏の国会答弁は「国歌は何かもっと元気なものの方が良いと思った」とこじつけとも思われる苦笑まじりのものであった映像が印象的だ。菅氏は「反国家」の立場を貫き、君が代を「音楽的」にではなく、自らの信念であった「政治的」に否定するなら堂々とそう言えば良いではないか。それであればそれで筋が通っている。この答弁こそにこの男の姑息で品性下劣なところが如実に現れている。こういう男がリーダである政党を愚かにも国民は選挙で選んだのである。
2011年3月19日土曜日
入閣要請
この期に及んでなんという菅氏の姑息さか。菅首相が「電話一本」で自民党の谷垣総裁に副総理兼震災復興担当として入閣して欲しいと依頼した事だ。あきらかに「アリバイ作り」である。菅氏の頭の中にあるのは、谷垣氏に断られるのを承知で(それゆえに電話だけで)、「一応お願いはしましたよ」という事実を残す、これだけである。国家危機から真に心の底からの入閣を依頼するなら、きちんと会って話すべきである事は小学生でも判る話だ。
これに対する谷垣総裁の断りの回答は誠に見識あるものであり、またその理由は全くもって妥当であり理解できるものである。谷垣氏の言う通り、(1)既に自民党としては震災復興に関しては与野党合同会議で具体的協議をしており全面的な協力を惜しんできていない、(2)また野党第一党の党首の入閣を依頼するという事は連立の組替えを意味する事であるだけに政策協議もなしでいきなりトップ同士で決めるべきものではない、以上極めて筋が通っている。
リーダーとしてあきらかに失格で、会見では見ている側に不安を感じさせるオドオドとした腰の引けた菅氏とは違って、熟成した政治家としての谷垣氏の会見はさすがであった。もしこの谷垣氏が首相であれば、この震災対応もかなり違っていたであろうし、今後の復興も違うものとなると感じさせるほどの安心感を与えるものだ。
老朽化した福島原発の震災対策等については現在の民主党政権のみならず建設当時からの政権与党であった自民党にも責任は勿論ある。しかし野党としての民主党がこの問題に関して与党に対し具体的な提案で改善を求めたという話は耳にした事はなく、また論戦の対象ともなっていない。それどころか、政権与党になってからの民主党はその姿勢として、「事業仕分け」でこういった震災時の為のスーパー堤防の予算までをカットしてしまっているではないか。
「ズル」と言われている菅氏の姑息さは、とにかくその徹底した責任逃れの姿勢に見て取れる。我々組織に属している、あるいは属していたビジネスマンや官僚は、この「責任逃れ」という事には極めて敏感だ。それは組織の中での責任というものは本来役職や職務権限で明らかにされているものであり、そこにおいて責任が自らに降りかかるという事は組織人として官僚の昇進やビジネスマン人生に致命的なダメージを与えかねないからだ。そこから逃れる為の方策は既に国会での大臣答弁でも聞かされている様に、「聞いていなかった」「相談がなかった」「他組織の協力が得られなかった」等々のお決まりのものだ。
今回の谷垣氏入閣要請は、「この他組織の協力が得られなかった」という証拠を残す為だけのものである事は明白だ。おそらく谷垣氏の胸の中には、この国難にあたっては、菅氏側からきちんとした政策協議や政策提案が同時にあれば、多少政治的なリスクがあったとしても党の役員会にはかって前向きに検討をしようというフェアな気持ちがあったかも知れない。
こうなれば自らが「暴力装置」呼ばわりした自衛隊のその隊員達の命をかけた献身ぶりに対し、自らの発言については何一つ謝罪もせず、隊員の苦労に対し慰労もしない「震災復興担当」の仙石氏にはまさに「天に唾」の罰があたる事は必然であろう。
これに対する谷垣総裁の断りの回答は誠に見識あるものであり、またその理由は全くもって妥当であり理解できるものである。谷垣氏の言う通り、(1)既に自民党としては震災復興に関しては与野党合同会議で具体的協議をしており全面的な協力を惜しんできていない、(2)また野党第一党の党首の入閣を依頼するという事は連立の組替えを意味する事であるだけに政策協議もなしでいきなりトップ同士で決めるべきものではない、以上極めて筋が通っている。
リーダーとしてあきらかに失格で、会見では見ている側に不安を感じさせるオドオドとした腰の引けた菅氏とは違って、熟成した政治家としての谷垣氏の会見はさすがであった。もしこの谷垣氏が首相であれば、この震災対応もかなり違っていたであろうし、今後の復興も違うものとなると感じさせるほどの安心感を与えるものだ。
老朽化した福島原発の震災対策等については現在の民主党政権のみならず建設当時からの政権与党であった自民党にも責任は勿論ある。しかし野党としての民主党がこの問題に関して与党に対し具体的な提案で改善を求めたという話は耳にした事はなく、また論戦の対象ともなっていない。それどころか、政権与党になってからの民主党はその姿勢として、「事業仕分け」でこういった震災時の為のスーパー堤防の予算までをカットしてしまっているではないか。
「ズル」と言われている菅氏の姑息さは、とにかくその徹底した責任逃れの姿勢に見て取れる。我々組織に属している、あるいは属していたビジネスマンや官僚は、この「責任逃れ」という事には極めて敏感だ。それは組織の中での責任というものは本来役職や職務権限で明らかにされているものであり、そこにおいて責任が自らに降りかかるという事は組織人として官僚の昇進やビジネスマン人生に致命的なダメージを与えかねないからだ。そこから逃れる為の方策は既に国会での大臣答弁でも聞かされている様に、「聞いていなかった」「相談がなかった」「他組織の協力が得られなかった」等々のお決まりのものだ。
今回の谷垣氏入閣要請は、「この他組織の協力が得られなかった」という証拠を残す為だけのものである事は明白だ。おそらく谷垣氏の胸の中には、この国難にあたっては、菅氏側からきちんとした政策協議や政策提案が同時にあれば、多少政治的なリスクがあったとしても党の役員会にはかって前向きに検討をしようというフェアな気持ちがあったかも知れない。
こうなれば自らが「暴力装置」呼ばわりした自衛隊のその隊員達の命をかけた献身ぶりに対し、自らの発言については何一つ謝罪もせず、隊員の苦労に対し慰労もしない「震災復興担当」の仙石氏にはまさに「天に唾」の罰があたる事は必然であろう。
2011年3月15日火曜日
危機に際して
ドイツ語で die Ratten verlassen das sinkende Schiff. という表現がある。これをそのまま英語にすると判りやすいが、the rats are leaving the sinking ship、鼠は沈没しそうな船から逃げる、という意味だ。鼠、つまりその船の主役の船長や船員や客や貨物ではない、いわば寄生の存在のものがいち早く危険を察知して一番に船から逃げ出すという事を表しており、鼠はこの場合は「無責任で臆病な小者」というnegativeな意味合いを持つ。
さて、今回の震災ではドイツ、フランスと欧州各国の大使館や学校では日本にチャーター機を飛ばして自国民を本国に退避させるという措置を早々にとっている。昨今の企業や政府組織では国際的なcrisis managementの重要度が極めて高い中、組織としては当然の措置であろう。また逆にこれが海外における緊急事態であれば、日本企業は素早く同様の措置をとるというのは 9.11テロの時でもしかりである。
しかし、問題はそういった緊急避難措置を取る場合、その組織の責任者はいかに振舞うべきかである。ここに1990年代はじめの湾岸戦争における一例がある。日本企業が中東諸国の原油確保の為に現地側産油国での近代化を進めようと様々なインフラ整備や工場建設を請け負い、また現地組織を運営・管理しているというケースが多い。しかし湾岸戦争時にはそこにイラクのフセイン政権によるスカッドミサイルが繰り返し飛来してくる様な戦争状態となったのだ。そうなれば生命に危険が及ぶ非常事態であり、現地採用社員は勿論日本人派遣社員も緊急退避をわれ先にと行うのは言うまでもない。事実、イラクから飛来のスカッドミサイルはサウディアラビア東部に達して、多数の死傷者が出ている。
そうした中で現地合弁会社の経営責任者として派遣されていた私の友人は現地採用社員、日本人社員、欧米系コントラクター社員のほぼ全員が隣国や欧州に避難する中を数名のサウディ人経営陣とともに、外国人としてはただ一人現地に残ったのである。この男は平時に於いてはどちらかと言えば目立たず、シャープさのない、風貌も地味な男であったが危機に際してはその本領を発揮した。結果、戦争終結後、勇敢な男を称えるという気質のサウディ人の日本人に対する評価を一気に高める事となった。
そして東京本社はこの男の経営責任者としての姿勢と功績を高く評価して、帰任後特例での昇進を決めた。その数年後、彼は今度は北米の投資先の経営者として赴任してきたのであるが、同時に胃がんを患い、久しぶりで再会した時はまるで別人の様にやせ細り、足元もおぼつかないほどの衰弱振りであった。しかし、本来の酒好き、タバコ好きは変わらず、周囲が色々忠告しても、「どうせ死ぬときは死ぬんだ」というのが彼の口癖であった。何か普段は絶対に見せない「胆力」の様なものをこの男は生まれつき持ち合わせているのであろう。
振り返って、日本の侍精神、武士道ではこういった「人の上に立つものの心構え」というものを文化の一つとして伝えてきている。戦艦の艦長は撃沈される時は最後まで船に残り船と運命を共にする、というのが軍人として当たり前の話とされるが、サラリーマンと言われる組織ビジネスマンの DNAにも色濃く残っているものである。
今回、福島原発の現場で生命の危険を顧みず、自らが志願して作業にあたっている自衛隊員が数十名いる。また東電社員の中にも志願して現場に赴いている社員もいると聞く。また全般的にこれだけ欧米メディアが放射能危機を騒ぐ中、東京圏では停電や交通機関の問題はありながらも大挙して東京から早々と逃げ出すという事態が起こっておらず、まさに危機に際する resilianceである。本日も知合いのイスラエル系米国人から電話があり、「これだけの放射能危機が叫ばれているなら、日本から親戚が逃げて来るのだろう?その場合はウチの部屋を使っても良いよ」との有難い申し出でもあった。神様はきっとこれだけの日本人、日本国を必ずや救われる、と堅く信じよう。
さて、今回の震災ではドイツ、フランスと欧州各国の大使館や学校では日本にチャーター機を飛ばして自国民を本国に退避させるという措置を早々にとっている。昨今の企業や政府組織では国際的なcrisis managementの重要度が極めて高い中、組織としては当然の措置であろう。また逆にこれが海外における緊急事態であれば、日本企業は素早く同様の措置をとるというのは 9.11テロの時でもしかりである。
しかし、問題はそういった緊急避難措置を取る場合、その組織の責任者はいかに振舞うべきかである。ここに1990年代はじめの湾岸戦争における一例がある。日本企業が中東諸国の原油確保の為に現地側産油国での近代化を進めようと様々なインフラ整備や工場建設を請け負い、また現地組織を運営・管理しているというケースが多い。しかし湾岸戦争時にはそこにイラクのフセイン政権によるスカッドミサイルが繰り返し飛来してくる様な戦争状態となったのだ。そうなれば生命に危険が及ぶ非常事態であり、現地採用社員は勿論日本人派遣社員も緊急退避をわれ先にと行うのは言うまでもない。事実、イラクから飛来のスカッドミサイルはサウディアラビア東部に達して、多数の死傷者が出ている。
そうした中で現地合弁会社の経営責任者として派遣されていた私の友人は現地採用社員、日本人社員、欧米系コントラクター社員のほぼ全員が隣国や欧州に避難する中を数名のサウディ人経営陣とともに、外国人としてはただ一人現地に残ったのである。この男は平時に於いてはどちらかと言えば目立たず、シャープさのない、風貌も地味な男であったが危機に際してはその本領を発揮した。結果、戦争終結後、勇敢な男を称えるという気質のサウディ人の日本人に対する評価を一気に高める事となった。
そして東京本社はこの男の経営責任者としての姿勢と功績を高く評価して、帰任後特例での昇進を決めた。その数年後、彼は今度は北米の投資先の経営者として赴任してきたのであるが、同時に胃がんを患い、久しぶりで再会した時はまるで別人の様にやせ細り、足元もおぼつかないほどの衰弱振りであった。しかし、本来の酒好き、タバコ好きは変わらず、周囲が色々忠告しても、「どうせ死ぬときは死ぬんだ」というのが彼の口癖であった。何か普段は絶対に見せない「胆力」の様なものをこの男は生まれつき持ち合わせているのであろう。
振り返って、日本の侍精神、武士道ではこういった「人の上に立つものの心構え」というものを文化の一つとして伝えてきている。戦艦の艦長は撃沈される時は最後まで船に残り船と運命を共にする、というのが軍人として当たり前の話とされるが、サラリーマンと言われる組織ビジネスマンの DNAにも色濃く残っているものである。
今回、福島原発の現場で生命の危険を顧みず、自らが志願して作業にあたっている自衛隊員が数十名いる。また東電社員の中にも志願して現場に赴いている社員もいると聞く。また全般的にこれだけ欧米メディアが放射能危機を騒ぐ中、東京圏では停電や交通機関の問題はありながらも大挙して東京から早々と逃げ出すという事態が起こっておらず、まさに危機に際する resilianceである。本日も知合いのイスラエル系米国人から電話があり、「これだけの放射能危機が叫ばれているなら、日本から親戚が逃げて来るのだろう?その場合はウチの部屋を使っても良いよ」との有難い申し出でもあった。神様はきっとこれだけの日本人、日本国を必ずや救われる、と堅く信じよう。
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